海までの距離

だけど、私の両親は何が何でも外泊厳禁主義者だから、皆のようなことができない。
新潟でのライブしか、行っちゃ駄目だって。
まだまだマイナーなバンドは常時ツアーで全国行脚していて、数ヶ月置きに新潟でライブがあるから、まだいい。
だけどEXIT（イグジット）やLily（リリィ）みたいな有名なバンドになれば、１年に１度しか新潟に来てくれないのに！


「そりゃ楽しみだね。だけど真耶ちゃん…汗のせいかもしれないけど、付け睫毛が取れそう。ずれてる」

「嘘！」


咲の言葉に、机の横にかけたばかりの鞄からANNA SUIのポーチを取り出す。
…と、同時に、教室のドアが開く音がした。
顔を上げれば、数学教師・森井の登場。
教室来るのが早い！早すぎるよ森井！
私は自分の顔面状況を把握することすらできないまま、取り出したポーチを鞄に押し返す。


「…後で『トイレ行きたいです』って言って化粧直しに行ったらまずいかなあ？」


起立の号令直前に、咲にこそっと耳打ち。


「分かんないけどさ、ポーチ抱えて教室出るの？なんか怪しくない？」


森井に頭を下げながら咲が吐いた言葉は、至極冷静なそれで。