海までの距離
海影さんの話は続く。


「そんな反対を押し切って、俺は卒業してすぐに地元の居酒屋でバイトを始めた。バンドやってる奴が正社員として就職するってのは、やっぱり厳しかった。それでも、LOTUSはどんどんでっかくなる。すぐに、新潟だけじゃなくて東京でもライブができるようになった」


気付けば海影さんは2本目の煙草に火をつけていて、私の目の前には海が広がっていた。
真っ暗闇だ。漁船の明かりがぽつりぽつりと見えるものの、遠くが見えない。
近くも見えない。
その異様さが怖い。
海影さんは右に曲がった。


「なんで俺が真耶ちゃんにこんなちっぽけな自叙を語るか、分かる?」


漸くちらりと私の方を見た海影さんに、首を横に振る。
海影さんはまた、視線を正面に戻した。


「俺がもし、大学に行っていたら、来年卒業する予定の歳なんだよね。だけど俺は世間一般の大学生がするように就職活動しているわけでもなく、ベースを弾いている。高3の時に下した決断に後悔しているわけじゃないけど、でも、もしかしたらもっと色んな可能性があったかもな。例えば…進学しても、バンドはできた」
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