頭痛
 秋史は途方もない脱力感に陥った。
 両目を見開いた香澄の死体が、秋史の方を向いて、助手席に横たわっている。

 秋史は思った。

 自分が生きている限り、この頭痛から逃れることは出来ないだろう。
 これが秋史自身であり、止めどもない不安感と、高揚の繰り返しに苛(さいな)まれる人生なのだと。

 自分に対する悲鳴だけが、秋史には聞こえていなかった。

 何度も送ったシグナルを、掻き消すように働く……。


 何故、聞こえない?


 こんなにも助けを求めているのに?


 何故?


 何故……?



 ──所詮、癒えぬ病なのか?



「悲鳴……だけが、聞こえない……」



 秋史は香澄の残した酒を手にすると、白濁した中に、沢山の沈殿物が瓶の外から見えた。

 秋史は狂ったように瓶を振った。

 縦に、横に。
 そして、斜めに。

 振って振って、振った。

 しかし、沈殿物はなくなるどころか、瓶の中で浮遊した。


「フフフ……」

 秋史は笑った。その浮遊物をみると、まるで微生物のようで、可笑しくて堪らなくなる。

 なぜそんな風に思うのか、自分でも分からない。もしこの場に誰かがいれば、泣いているようにも見える。


「フフフフフ……、フハハハハ」

 もう一度香澄の死体を眺め、今度は高らかに笑う。

 そして突然、無表情になると、秋史はその沈殿物ごと一気に飲み干した。


 思い掛けず、酔いが回り、目が回る。

 何かを成し得るような根拠のない自信がみなぎった。









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