頭痛
 信一郎は借金まみれになってでも、秋史の土地を、それなりの値段で購入した。

 スーパーは、翌年にはオープンした。

 大盛況だった。

 しかし、秋史には、あの煩わしい頭痛が再発した。何故だか解らないが、同じ痛みが、生活に支障をきたし出した。

「信ちゃん、おめでとう」

 秋史もオープンには駆け付けた。今の会社での秋史の立場なら、自由が利く。

「ありがとう」

 背広姿の秋史を見付けた信一郎が駆け寄る。

 店は客で賑わい、信一郎が人を掻き分けて来るのも一苦労であった。

「大盛況やないか」

 秋史が右手を差し出す。

「アキは判っとったんやろ」

「まあな」

 信一郎がガッチリと握り返す。更にその上から、左手を重ねる。

「ここから、俺はまだまだ大きくしていくんや」

 重ねた左手でポンポンと叩く。まるでこの握手の固さを、確かめているかのようだった。

「おいおい、まだ始まったばかりやで」

「もう軌道に乗ったも同然や」

 客に目をやり、胸を張る。信一郎には目の前の景色しか見えてはいないのだろう。

「借金、返さなあかんで」

 一応、忠告した。秋史は破滅した経営者を何人も見ている。

「分かってる」

「それでも拡げるんか」

 これまでに、秋史が破滅させた経営者もいる。

 人が破滅するのは悲惨だ。命の灯火が儚く消え去るのだ。残された燭台が、暗室で虚しく突っ立っている。
 それは、秋史が摘み消したようなものだ。

「夢は大きい方がええ」

「そうか。そうやな」

 信一郎は希望に溢れ、夢を見ている。現実との境目を知った時、彼の限界が試されるだろう。

 秋史はこれ以上、水を差さないことにした。
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