LITTLE
 故に、皓が心から笑える日は、きっとこない。
 もう私は、諦めてしまっているんだ。
「ブラックサン」
「え?」
 啓太郎は唐突に、店の名前を口にした。
「この店の名前、大人っぽい雰囲気にしたかった事以外にも、理由があるんだ」
「なんとなく分かるわ」
 ブラックサン。
 それは皓が大好きだった特撮ヒーローの主人公、仮面ライダーブラックの別名。
「世紀王ブラックサン」
「やっぱりね。啓太郎の事だから、そなんところからの引用だとは思ったわ」
 啓太郎は自身あり気に頷く。
「二人とも、好きだっただろ、仮面ライダー。とくにブラックといえば皓が。あいつがこの街に戻って来て、もし、この店のブラックサンって看板を見つけたら、もしかしたら来てくれるんじゃないかって……。そう思っただけだよ。名前なんて、とりあえず付けた様なものだし」
「皓ったら、仮面ライダーブラック大好きだったものね。彼の部屋の本棚の裏、私と優子に内緒でフィギュアが隠してあったのよ。笑っちゃうでしょ?」
「皓らしいな」
 先程から、啓太郎は何やら大きめのグラスに入っている桃を磨り潰している。
それが終わると酒の瓶を数本並べ、壁に掛けられている時計を覗っている。
 時計の針は、もうすぐで十二時を回ろうとしていた。
「そろそろかな」
 啓太郎は言うと、店の入り口に目をやった。
 入口のドアが開く。
 店に入って来たのは、見覚えのある老人だった。
 口周りの所々に生えた髭、顔に浮き出た多くのしわ、かなり年期の籠った薄毛の頭。
 優子や麗太君が通う学校の校長先生だ。
 彼が、ここを訪れる事は私も啓太郎も分かっていた。
 たぶん、知らなかったのは博美だけ。
 おぼつかない足取りでカウンター席まで来ると、彼は私の隣に座った。
「こんばんは」
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