LITTLE
「ええ、どうも」
 私と啓太郎は軽く会釈する。
博美の方を見た。
 職場の上司が来たというのに……まったく、この子は。
 昔から一度寝てしまうと、なかなか起きないんだから。
「博美、起こしましょうか?」
「いや、けっこう。藤原さんにはいつも頑張ってもらってますから。今日くらいは、ね」
「そうですか」
「マスター、いつもと同じ物を貰えますか?」
 啓太郎は意気揚々に「はい!」と答え、シェーカーに先程、磨り潰した桃を入れ、数種類のお酒を少しずつ入れていく。
 最後に大きめの氷を数個入れ、蓋を閉じた。
 両手でシェーカーを持ち、顔くらいの高さまで上げると、啓太郎はそれを横に振った。
 シェーカーの中で氷がカラカラと鳴る。
 いつもの啓太郎とはどこか違う。
 シェーカーを振る手も、表情も、全てがいつもとは違う彼だった。

「お待ちどうさま」
 綺麗にグラスに注がれたカクテルを、啓太郎は校長先生に差し出した。
「桃をベースに、ウォッカとサトウキビシロップを多めに使いました」
「うん、ありがとうございます」
 校長先生は一口、グラスに入ったカクテルを口に運んだ。
 ホッと安心したように呟く。
「うん、いつも通りで安心だ」
「いつも通り?」
「ええ。最近では、登校する子供達に挨拶をする事と、週に何回かここに来てお酒を飲む事くらいが楽しみなんもんでしてね。何も変わっていないというのは、とても素晴らしい事です」
 彼は私を見て笑い掛ける。
「現に、平井さんには毎日の楽しみを一つ。先日、潰されてしまいましたがね」
 つい、私も笑ってしまう。
「当然ですよ。もう六十になるんですから。すね毛を剃ったって、ウィッグを被っても、さすがに無茶ですよ。五十代でも無理があるっていうのに」
「え、何? どういう事?」
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