LITTLE
 口裂け女の噂に関して、どうやら啓太郎は先程の私の話までしか知らない様だ。
 まあ、当然か。
 この人と啓太郎は、今までここでしか関わりがなかったわけだし。
「口裂け女の話ですよね?」
「ええ。十数年程前のあの日、口裂け女を辞めた後、六、七年ほどの闘病生活を経て、この街の小学校の校長として再度、赴任する事になったんです」
「啓太郎、どういう事か分かるかしら?」
 手に持っていた布巾をひとまず置き、啓太郎は腕を組む。
「それって……つまり、口裂け女の正体のオジサンって、このお客さんだったの?!」
「その通り。人の縁って不思議よね」
「そうですね」
 校長先生は少しだけ躊躇う様に私に問う。
「そういえば、旦那さんは帰って来ましたか?」
「いいえ、まだ」
「……」
「夏祭り、間に合うと良いんだけどな」
「夏祭り? 毎年、八月の終わり頃に大通りでやってる……あれですか? 花火やら露店で賑わう」
「はい。毎年、楽しみにしていたんですよ」
 私達の学生時代、夏の終わりの楽しみといえば、街主催の大規模な夏祭りだった。
 皓、楓、啓太郎、博美、私。
この五人で夏祭りへ最初に行った年は、博美を除いて私達がまだ高校一年生の頃だった。
 その年を境にずっと、私達は一人も欠ける事なく夏祭りに足を運んだ。
 高校を卒業した後も、ずっと。
 でも、それも去年が最後。
 楓はもういない。
 皓は帰って来ない。
 バラバラになった私達は、もう全員揃って夏祭りに行く事なんて出来ないんだ。
「きっと、皓は来るよ」
 啓太郎はそう言って、私に笑い掛けてくれた。
 私にとって憶えのある、啓太郎の笑顔。
 高校時代、何かと馬鹿な事をやっては笑い合っていた、あの頃を思い出すと、自然と心の中で僅かな安心感が芽生えた。
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