ボーカロイドお雪
 ウォーミングアップを終えていよいよ新しく作った曲をあたしは歌い出す。と、あたしじゃなくて実際に歌っているのはお雪だけどね。なんか最近お雪の歌が本当にあたしの喉から出ているような気分になる時がある。
 あたしは必死にギターを爪弾き、かき鳴らし、口を動かした。単なる口パクなのに、なぜか体中が熱くなって額から汗がしたたり落ちる。まるであたしが本当に自分で歌っているみたいに……
 新しい3曲を含めて持ち歌を全て歌い終えた時、あたしは息を切らせていた。自分自身で歌ったわけでもないのに。やっぱりライブって緊張する。
 パラパラと拍手が周りから聞こえる。温かいけれど、でもどこかおざなりな拍手。それはあたしも分かっている。あたしはその人たちのために、その人たちに聴いて欲しくて演奏したわけじゃないから、聴いている方だって何となく分かるのだろう。問題はあの人がどう反応するか。
 あの人はこの前と同じで、周りの人が拍手しているのに気づいてからやっとあたしの方を向いて手をたたき始めた。うーん、今回もダメか・・・
 やっぱりこれでも色気が足りないのかな?それとも色気の方向を間違えたとか?いや、それはあり得るかも!男の人の女の子の好みなんて人それぞれだと言うから。可愛い系よりワイルドな女の方が好み・・・とか?
 あたしは機材を片づけながら横目で彼の方を見続けた。すると一人の少女があの人の所へ駆け寄って来た。彼の背中を小さな手でパンとたたいて何か少し怒ったような顔で彼に何か言っている。
 彼は腕時計をちらりと見て「あっ」と言いたそうな顔をして、その女の子にぺこぺこ頭を下げ始めた。
 その女の子、まだ小学5年生か6年生という感じ。まさかカノジョってことはないよね。多分あの人の妹だろう。あの様子だと普段から小学生の妹に頭が上がらない兄貴?あはは、可愛い!
 それからあの人はその女の子に手を引っ張られて公園から去って行った。うーん、可愛いと言えばあの女の子も子供なりに可愛らしい感じだったな。そうか、ガーリーとか可愛い系は普段から見慣れているわけか。
 うーん、じゃあまたイメチェンだな。今度はワイルド系でいってみよう!あたしは早速翌日にブティックで、おそろいの革のベストとショートパンツを買いこんだ。
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