ボーカロイドお雪
「おねえさん、かっこいい!このお兄さんも気に入ってるんだって」
 あたしはここぞとばかり、天使のような笑顔(そのつもり、いやそのはず!)で女の子に向き直りPDAに文章を打ち込んで見せる。
『ありがと!あなたはこの人の妹さん?お兄さんの名前はなんて言うの?』
「えっとね、このお兄ちゃんはたけし、猛獣のもうって字の猛。あたしは平仮名でまり。あ、でもほんとのお兄ちゃんじゃないよ。この人あたしのパパの工場で働いてるの。でも頼りないからあたしが時々面倒見てあげてるの」
 そっか!町工場の工員さんで、社長令嬢のお供ってわけか。ふうん、猛さんか。やさしそうな感じだけど名前は勇ましいのね。あたしはまたさっきの文章を画面に呼び出して猛さんに見せる。
『どうでした?あたしの歌』
 すると猛さんは奇妙な行動に出た。隣のまりちゃんに向かって身振り手振りで何かを伝えようとしている。はあ?何してるの?
 次の瞬間、あたしはある事を思い出した。あたしがあの事故で声を失って以来、両親からしつこくある物を習えと言われていた。あたしはそのうちに、と言ってごまかし続けてきたけど……そして、それは……
 ま、まさか、この人は……この猛さんは……まさか、そんな!
 まりちゃんがすまなさそうにあたしに言った。
「あの、ごめんね、おねえさん。このお兄さん、生まれつき耳が全然聞こえないの。だから……で、でもね、おねえさんがこの公園で歌っているとこはよく見ててね……」
 手話!そうだ、猛さんのあの動作は手話。じゃあ、あたしの歌は……
 あたしはひきつった笑顔を浮かべたまま、適当に話を打ち切って走ってベンチへ戻り、荷物を抱えて逃げるように公園を去った。背後からまりちゃんが何か言ってきたけど、あたしの耳には入らなかった。
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