ボーカロイドお雪
 家にたどり着く前に夕立が降って来た。あたしは急ぐでもなく雨宿りをするでもなく、びしょ濡れになるにまかせて、幽霊のようなふらふらした足取りで家までの道を歩いた。
 いつ家に着いたのか、どうやってずぶ濡れのまま玄関を上がったのか、何も覚えていない。バーンという金属のはじける音であたしはやっと我に返った。気がつくとあたしは庭にいて、ブロックの塀に向かってギターを力任せに叩きつけていた。
 最初にギターの弦が3本まとめて切れた。次に叩きつけた時、ギターのボディーにピシッとひびが入り、三度目でネックが根元から折れた。あたしは折れたネックからかろうじてぶら下がっているギターのボディをまた塀に叩きつけた。ボディの板が割れて残った3本の弦からビーンと鈍い金属音がする。
「馬鹿!何してるの、あんたは!」
 憑かれたようにギターの残骸を塀に向けて叩きつけ続けるあたしを背後からお母さんが抱き止める。
 その時あたしは、やっとまだ夕立の雨が降り続いている事に気がついた。あたしはネックだけになったギターをポロリと地面に落とし、そのまま地面に膝をついて塀にもたれかかり、声を上げずに泣いた。声は出したくても出せない。涙は髪からしたたり落ちる雨水と区別がつかない。
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