ボーカロイドお雪
「自分で言うのもなんだろうけど、結構腕のいい開発者だったんだよ。お雪というボーカロイドは、その会社が新製品として開発しようとしたソフトウェアだったんだ。ボーカロイドという物が流行り始めたのでね、その会社も参入しようとしたわけだ」
 おじさんは少し呼吸を整えて続ける。
「あの夏樹依子という、僕の元女房はね、子供の頃から音楽を勉強していてね。プロになれるほどの才能はなかったけど、雪子はその才能を受け継いでいたようなんだ。女房も小さい時から雪子には音楽を熱心に習わせてね。特に声楽の才能はかなりのものだと、いろんな人から僕も聞かされたよ」
 あたしはPDAにこう打ち込んで、次の赤信号でおじさんに見せる。
『おじさんも音楽を?』
 すると、おじさんは照れたような笑いを浮かべながら大げさに首を横に振った。
「いや、僕は機械一筋の朴念仁でね。音楽なんてやった事はない。小学校時代のハーモニカですら、とうとうちゃんと吹けるようにはなれなかったぐらいだ。まして、女房や娘がやっている音楽なんて別世界の物にしか思えなかったよ。それにあの頃の僕は絵に描いたような仕事人間、会社人間でね。コンピューターソフトの開発者なんて、徹夜や会社での泊り込みも日常茶飯事。女房にも娘にも、あまりかまってやれなかった。ただ……」
 そこでおじさんは少し遠い所を見るような目をし、軽く咳払いをして、また話し始めた。
「それでも、娘の発表会には欠かさず駆けつけた。ビデオカメラを持ってね。雪子が初めてステージに立つと聞いた時は、何十万円もする当時としては最高級のビデオカメラを買ってね、後で女房にさんざん怒られたっけ。雪子のステージの映像と音声はほとんど全て記録したと思うよ」
 あたしは訊くべきかどうか悩んだ。そして、やっぱり思い切って訊いてみることにした。PDAを次の赤信号でおじさんに見せる。
『雪子ちゃんは、どうして亡くなったんですか?』
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