ボーカロイドお雪
 ロープは狙い澄ましたかのようにあたしの喉を直撃した。そのままあたしの体はバイクから後ろへ放り出され、地面に叩きつけられた。喉が焼けるように痛んだ。先輩はバイクごと少し前方で転倒したが、それほど激しい勢いではなかったようだ。
 あたしは悲鳴を上げようとした。大声で誰か助けを呼ぼうとした。その瞬間、喉が引き裂かれるような激痛があたしの全身を硬直させた。
 ヒュー、ヒューと頼りない風のような音が聞こえた。それがあたしの喉から出ている音だという事にしばらくあたしは気付かなかった。
 その日、あたしは永遠に声を失った。

 あたしは悲鳴を上げてベンチの上で飛び起きた。正確には悲鳴を上げたつもりで、だ。あたしの喉はもうどんな状況でも悲鳴さえ出せない。
 ぬるぬるした嫌な汗が顔をつたってポトポトと地面に落ちた。何カ月過ぎてもあの夢を見てしまう。
 あの時のロープを張ったのはその近所の老人だった。以前から夜中の若者のバイクの音に悩まされていたらしい。そのおじいさんは警察へ連れて行かれ、やがて町では姿を見なくなった。
 あたしは町の総合病院に救急車で運ばれ、命は取りとめたが喉の傷は想像以上にひどかった。医者はあたしと両親にこう告げた。
 声帯が完全につぶれています。お気の毒ですが、もう一生声を出す事は出来ないでしょう、と。
 あたしはその場で泣き崩れた。でも医者の言うとおりだった。涙はとめどなく流れてくるのに、あたしの喉からは泣き声らしき物が聞こえて来ない。ただ、かすかなヒューヒューという風のような音が漏れてくるだけ。
 確かにあたしは高校に入れた直後で調子に乗っていた。先輩のバイクの音が周りにどれだけ迷惑かなんて考えもしなかった。でも、でも・・・声を永遠に失くすなんてそんな残酷な罰を受けなければいけない程の悪い事をしたの?あたしは。
 二か月ほどで退院出来て学校へも戻れたが、そこはもうあたしの居場所ではなくなっていた。あんなにしつこい程かまってくれていたその先輩も、事故以来あたしとは目を合わそうとしなくなった。
 こうしてあたしは歌えないカナリアになった。
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