ボーカロイドお雪
 ミクとかレンとか、そういう名前の架空のキャラクターの声という事になっていて、その女の子に自分が作詞作曲した歌を歌わせる事が出来るソフトだ。あ、最近は男性の声のボーカロイドもあるらしい。
 ボーカルとアンドロイドを合わせてボーカロイド。略してボカロ。女の子にも結構人気らしい。それだけなら気にはしなかったが、「特別仕様」というのがあたしの興味をそそった。ギターに触らなくなってから暇を持て余してパソコンで遊んでいる事が多いから、案外いい暇つぶしになるかもしれない。
 あたしは思い切ってドアを開け、店に入った。想像していた以上に埃っぽい淀んだ空気が店の中に充満していた。あたしは少し顔をしかめながら、その特殊仕様のボーカロイドとやらを探した。でも、どの棚にも見当たらない。
「何をお探しかな、お嬢さん?」
 突然店の奥の暗がりから声をかけられたあたしはびっくりして飛び上がった。レジのある机の向こうから中年のおじさんが出てきてあたしを見ている。
 あたしはあわてて鞄からPDAを取り出しキーを震える指で叩いてこう綴った。
『特別仕様のボーカロイドはどこですか?』
 そのPDAの画面を店主らしきおじさんの顔の前に突き出す。おじさんは怪訝そうな顔をしたが、あたしが喉のスカーフをずらして傷跡を見せると、頭を少しうなずくように振って言った。
「声が……そうですか。まだ若いのにそれは気の毒な」
 そう言うと机の後ろの棚からパッケージを一つ取りだして来た。それは確かにあたしが広告やCMで見たボーカロイドとは違っていた。パッケージの箱は黒一色で、メーカー名とか何も書いてない。
 ただ、表面の下の方に白い文字で「お雪」とだけ。何、これ?
「これはね、あるメーカーの試作品でね。一般には販売されていないソフトなんですよ。今モニターとして使ってみてくれるお客さんを募集しているところでね」
 店主のおじさんはそう言いながら机の上のパソコンに繋がっているDVDドライブに箱から出したディスクを入れた。ほどなくパソコンのスクリーンにソフトが起動され、データ入力画面が映し出された。
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