夏の日の終わりに

愛犬

 夏の暑さは日増しにひどくなり、アスファルトからの照り返しが帰り道の足を更に重くさせていた。

 いつもの帰り道を辿ると、見えてくるいつもの家。次はどうやって足音を聞き分けてるのか、ペロが道に出てきて僕を迎えるはずだ。

 しかしこの日、愛犬は姿を見せなかった。

(あれ?)

 庭に顔を向けたが、暑さを避けて縁側の下に避難しているのだろう。そこに姿は見えなかった。

(犬も夏バテくらいするんだな)

 それほど気に留めることはなく、僕は家に入るなりクーラーのスイッチを入れた。



 その日の夜、エサを持って庭に出た僕は首を傾げた。皿の中には前日のエサがそのまま残っている。

「ペロ?」

 呼べばすぐにやってくるはずだが、足音すら聞こえない。

 ねぐらは縁側の下だ。そこを覗いて初めて、呼吸を荒くして横たわっているペロを見つけた。

「ペロ?」

 時折苦しげに咳をしながら僕の声に反応して顔を向けるが、手足をわずかに動かすだけでその体を外に出すことは出来ないでいる。

「おい!」

 慌ててその体を引きずりだすと、その腹が以上に膨れていた。ただ事じゃないことくらい素人にだってすぐに分かる。

 血の気が引くとはこのことだ。僕は血相を変えて母親に告げた。

「金くれ、ペロを病院に連れて行く!」

 どういうことか事態を汲めない母親がいぶかしげに外に出てきたが、その姿をひと目見るなり慌てて財布を取りに戻った。

(次から次に……)

 手の中のぐったりした愛犬を助手席に乗せると動物病院へ飛び込んだ。



 その症状をひとめ診るなり医師にはある程度結果はわかっていたようだ。レントゲンを撮り、その写真を見ると諦めたようなため息をついた。

「フィラリアですね。しかも──」

 フィラリアという病気に対する予備知識すら僕には無い。しかし続く言葉の意味は良く分かった。

「手遅れです」

「そんな、少しでも助かる確率はあるでしょ?」

「一応薬を投与しますが、あるとすれば3割くらいですかね?」

(3割?)

 以前の僕ならその3割を過大評価して胸を撫で下ろしたことだろう。しかし、今の僕にはその3割は限りなく小さな確率にしか思えてならなかった。
< 135 / 156 >

この作品をシェア

pagetop