夏の日の終わりに

夏の日の終わりに

 9月3日──

 その日を迎えても理子は眠り続けたままだった。

「おばちゃん、大丈夫?」

 疲労の色が濃い。肌艶を失ったおばちゃんは目の下にクマが出来ていた。

「脩君も……もう」

「いや、俺は若いもん」

 無理やり笑顔を作って見せたが、どっしりと体が重く感じる。しかし理子はもっと辛いはずだ。僕らの目には見えなくても、いまこの時にも必死に病魔と闘っている。

 治るという信念──

 あれほど生きたいと願っていた理子が簡単に死ぬわけがない。きっと病魔に打ち勝ってくれるはずだと、それだけが最後の頼みの綱だ。

 僕らは押し黙ったまま必死に祈った。理子がもう一度笑顔を取り戻してくれることを……


 窓のカーテンが赤みを差す。また日が暮れて一日が終わろうとしている。

 誰しもが明日の旭日を信じて疑わない毎日。でも僕はその太陽が沈むのを恐れていた。夕陽に照らされて頬を赤らめる理子に、再び旭日が差すことがあるのだろうかと。

 そして不安な夜がまた訪れる。

「ねえ、おばちゃん……」

 心拍計の音が乱れたように感じて思わずモニターを見る。その心拍数は先ほどよりも明らかに落ちていた。

「ナースコールを──!」

 僕が手を伸ばすより先に看護師が駆け込んできた。モニターを確認し、脈を確認すると自らナースコールを押す。

「すぐ来て。先生もすぐに呼んで!」

 血液が冷えて足元に下りてゆく。次々と駆け込んでくる看護師と医師らに走る緊迫感だけで、近い未来の映像は目に浮かんだ。

「ちょっと退室してもらえますか」

 祖父の時と同じだ。最後に僕らがしてあげられることなんて何も無い。看護師に促されて部屋を出ると、待合室の長椅子にうなだれた。

 おばちゃんは妙子さんや森君に連絡を取り、学校の友人はそのまた友人に連絡している。公衆電話コーナーは悲愴感に包まれ、そして僕はと言えば呆然とそのやりとりを横目で見ていた。

 今頃は蘇生治療が施されていることだろう。助けるためとは言え、直視するのが忍びないほど壮絶なものだ。

 それを理子が受けていると思うだけで胸が苦しく、僕は何度も思い出したように深呼吸をした。

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