君の音
「・・・分かりました。今日からうちは平塚聖です」

うちは諦めて、ため息交じりにそう言った。

土方様は安心したような、そうじゃないような溜息を漏らして、沖田さんの方を向いた。

沖田さんはこくりと一度頷いて、うちに近寄ってきた。

「部屋に案内しますから、僕についてきて下さい」

にこりと愛想笑いをして、沖田さんは歩き始めた。

うちは土方様に一礼して、沖田さんを追いかけるべく部屋を出た。

沖田さんの歩くスピードは速く、走れないと追いつけないほどだった。

まぁ、ここの人は歩いてでも追いつけるんだろうね。

平成は、運動不足と言っていいほど殆どの人が運動をしない。

科学が発展し、電車やバス、車などが出て来てから歩きで何処かへ行く人はあまり見かけない。

それは、昔より便利になったと喜ぶ事であり、同時に人は楽をしようとする事に気づく悲しい事だった。

どん、と誰かにぶつかり、うちは考え事から一度現実に戻された。

当たった人を見た途端に、うちの体は固まって動かなくなった。

とても殺意があり、特定の人にしか暖かみを見せない冷たくなった目。

「すいません」

言葉を発するのがやっとだった。体は動かず、沖田さんがどんどん先へ行っている。

当たった人は、うちの手をとって何処かへと歩きだした。

この人も歩くのが速く、うちは半ば引きずられた状態。

うちは抵抗も何もできず、ただ思うがままに引きずられていくだけだった。

どさり、とうちが解放された場所は、屯所の裏側だった。

当たった人を改めて見ると、相変わらずの目。

「お前・・・壬生浪士組に何用だ」

当たった人が喋った。以外に美声だ。

「え・・・いや、何用でも無いって言うか・・・」

そう答えると、当たった人は目を細めてうちを訝しげに見て来た。

「なら早く帰れ。此処はお前のような女が居るところではない」

その言葉に、うちはムカっときた。

「残念だけど、ここに土方様が居る以上、うちは此処にいるよ」

それを言った途端、うちの首には銀色に輝いて、無駄にキラキラしているアイツ。そう、刀があった。

先程より冷たい瞳は、うちを捕えて離さない

「副長に迷惑だ。早く帰れ」
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