-恋花火-
「若女将!!あれほど言っておいたではないですか!3時に到着されるお客様のお出迎えに間に合うようにと…」


お小言を右から左に聞き流しながら、手に持った小さな紙袋を袖の中に隠した。

月島 結芽、18歳。

この歳にして、老舗旅館『月ノ屋』の若女将をやっている。

若女将っていっても、まだまだ元気すぎる祖母が“大女将”をしているから、ただの“女将見習い”ってところだけど。


「若女将!?聞いていますか!?」

「はいはい、聞いてます」


なりたくてなったわけじゃない。

母が急死して、必然的に、この旅館の一人娘である私が継ぐことになったんだ。

祖母は“おばあちゃん”ではなくて、怖い上司って感じ。

そんな窮屈な環境でも元気にやっていけるのは、適度に息抜きをしてるから?

ちょうど、さっきも街をぶらぶらして遊んできたところ。

まぁそのせいで、大女将に怒られてるわけだけど…


「今からご挨拶に伺いますって」

「くれぐれも失礼のないように…」


まだお説教が続きそうだから、わざと聞こえないふりしてその場を立ち去った。

今日ご到着のお客様のお部屋に向かう途中、苔むした坪庭の見える廊下で立ち止まる。

さっき隠した紙袋を取り出して、中身をひらいた。

桜の花が描かれたかんざし。

窓に映る姿をチェックしながら、右手でそっと挿した。

…うん、かわいい!

祥ちゃんは何も言ってくれなかったけど、コレ、かわいいよね?

そう、それはついさっきのこと。

鴻池祥太郎がため息をつきながら、“こうのや”の袋に入れてくれたばかりだった。
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