冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 その大事な打ち合わせの日。

 何を、こんなところで立ち止まってグズグズしているんだ、オレは。

 カイトは、振り切るように前を向き直った。

 そうして、改めて階段を下り始めようとした。

 下でシュウが待っているハズである。

 ガチャ。

 なのに、おそるおそるという雰囲気でドアが開いたのだ。

 彼の背中で。

 途端、凍ったカイトの身体。

 後ろのドアなど開くはずがない。
 この家には、カイトとシュウしか住んでいないのだから。

 だから、そのドアを開けられる人間などいない――ただ一人を除いて。

 氷が溶けるなり、バッとカイトは振り返った。

 ドアから、黒い頭が出ていた。

 首だけ出してキョロキョロしている。

 その茶色の目が、カイトで止まった。

 ドキン。

 視線に縫い止められたように、カイトは動けなかった。

「あ…あのっ……」

 声が呼ぶ。

 間違いなく、カイトに向かって。

 彼が反応できずにいると、ドアの影から身体を滑り出して、小走りで近づいてくる。

 シャツ一枚の姿で。

「ばっ! 何で出てくんだ!」

 はっと戻ってきた意識をぶん殴りながら、カイトは怒鳴った。

 とてもじゃないが、シャツ一枚で寒くないところではないのだ。

 いや、それ以前に、余りに頼りない姿なのである。

「すぐ…戻りますから」

 すみません。

 たたっとカイトの真ん前まで来ると、ぺこんっと一つ大きく頭を下げる。

 いきなり、手が。

 彼女の白い両手が彼に伸びてきた。

 思わず、身体が後ろに傾ぎそうになる。

 あやうく階段からダイビングしそうになって、慌てて手すりに捕まった。

「どうしても……あ、すぐ終わりますから」

 その手が、カイトの首に。

 触んな!

 カイトは、身体が石像になったような気がした。

 そう思っても動けなかったのだ。

 触れられたのは、彼の首――ではなく、ネクタイだった。
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