三度目のキスをしたらサヨナラ
バスの乗客は私1人だった。

急かされる理由は何もない。
ゆっくりとバスを降りて空を見上げると、夕陽はもう目の高さより下まで落ちていた。

──日没まであとわずか。

夕陽を背にバスターミナルに佇むと、私の目の前に長い影ができる。

その影は妙に足が長く不格好で、私が動く度に上下にゆらゆらと揺れた。


私は辺りをぐるっと見回した。

バスの発着本数が少ない中長距離バスのりばには、他に人影が無くて物寂しい。


私は、すぐそばのベンチにキャリーバッグを立てかけ、その隣に静かに腰を下ろすと、コートのポケットから携帯を取り出した。

今日はこれから、ウーさんのお店に行く予定になっている。

『20歳の誕生日を迎えたら、店で思う存分お酒を飲んでいいからな』

それはずっと前から約束していた、私とウーさんのささやかな誕生パーティーだった。

私はウーさんに電話をかけた。

「ミナちゃん、そろそろバスが着いた頃かい?」

呼び出し音が鳴ってすぐに電話はつながり、ウーさんの低くて温かい声が私の耳に届く。

「うん、今ちょうど降りたところ」

「そうか……お疲れさん」

「ねえ、今日は何時頃お店に行けばいいの?」

「それが悪いんだけど……急な団体客が入っちゃってね」

「……え? 遅くなりそうなの?」

遅くなるようなら、一度マンションへこの大きな荷物を置きに帰ろうか。

私は隣に置いた大きなキャリーバッグをポンと叩いた。

「いや……。この調子だと、多分朝までかかりそうだな。ミナちゃん、悪いけど今日のパーティーはキャンセルさせてもらっていいかな?」

「え……?」

残念だけど、お客さんが入ってしまったのなら仕方ない。
だって、それがウーさんの仕事だもの。

だけど。

いくら耳をすましても、電話口からはウーさんの声以外は何も聞こえてこなかった。

──本当に、お客さんがいるの?



「お詫びに、誕生日のプレゼントを届けるよ」

「え?」


「ミナちゃん、ハッピーバースデー。そろそろそっちに届く頃だと思うけど、どうだい?」

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