前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
あ、れ。
俺はその雫の正体に気付き、自分の目元に手を当てた。
なんで俺、泣いているんだろう。
おかしいな、随分家で言い聞かせてきたのに。
これは悲しむことじゃない。
前向きに物事を考えろ、鈴理先輩と大雅先輩の未来を考えた結果じゃないか。
そう何度も言い聞かせてきたのに、なんで涙が出るんだ。
鈴理先輩に引っ叩かれたから?
痛かった? 阿呆か、俺はそれくらいじゃ泣かないって。
御堂先輩にキスされたから?
いや、驚いたけど、わりと動揺しているけど…、泣くことじゃない。
じゃあなんで、俺は。
「君は本当に鈴理が好きだったんだな。彼女に嫉妬してしまうよ」
御堂先輩の言葉が引き金になった。封していた気持ちが爆ぜる。
―――…本当に鈴理先輩が好きだった?
そうだよ、俺は鈴理先輩が馬鹿みたいに好きだったんだ。
高飛車口調も、あたし様も、活き活きと攻めてくる姿も、子供っぽい笑顔も全部好きだった。
本当に好きだったから、彼女が好きだったから、男ポジションを譲った。女ポジションに立った。
彼女の我が儘だって聞いたし、もっと聞きたかった。
なのに、俺は彼女と別れた。自分から告げたんだ。
間接的に振ったんだよ、傍にいてくれようとした鈴理先輩を。
良き友人でいましょう、そう言って俺は彼女の気持ちを踏み躙った酷い男だ。酷い男なんだ。引っ叩かれて当然だ。
でもこれだけは信じて欲しい。
俺も先輩を好きだった。大好きだった。それは誰にも変えようのない、俺から先輩に贈る気持ちなんだ。
……本当は俺だって、こんなことをしたくっ。
「豊福。此処には、僕と君しかいないんだ。演じる相手はもういないよ」
嗚呼、嗚咽が自然と込み上げる。
「俺はっ…、こわかったんっす」
透明な雫が汚い路地裏のアスファルトに落ちていく。
もう駄目だった。
御堂先輩の不意打ちのせいで、押し止めていた感情が堰切ってしまう。
「こわかった」確かな将来を約束されている鈴理先輩と大雅先輩の未来を壊すことが、とても怖かった。
かつて自分の我が儘で実親の命を奪ってしまった俺。
その俺の気持ちが、我が儘が、また誰かの未来を奪う。耐えられない恐怖だった。奪うくらいなら傷付いた方がマシだったんだ。