前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―


(てか、御堂先輩。なんで此処に入ろうと思ったんだろう?)

 
物珍しさに入りたいと思ったとも思えないし。
 
ますます濃くなる疑念を抱えて奥に進んでいくと景色が見えた。

出口じゃない。
二メートル近くある金網フェンスで出口は封鎖されている。


その向こうに見えたのは用水路だった。

真っ黒な水が顔を出している。

水面に反射しているネオンが淀んだ色を放っていた。
 

「何も無かったっすね」


空の宝箱を見つけたような、落胆した念を抱く。

知らない別世界が待っていたと思っていたのに、待っていたのは錆びかけた金網フェンスと空き缶やビニール袋が漂っている用水路のみ。


目新しい発見は無かった。


「戻りましょうか」


踵返そうとした直後、御堂先輩に背後から抱擁された。


目を見開く俺は「な、なんっすか」こういう冗談はちょっと、と狼狽。


いやいやいや路地裏で抱擁とか、なんかムード危ないでしょ。身を危険を感じるでしょ!
 

ドッと冷汗を流す俺に対し、「もういい」御堂先輩が意味深に耳元で囁いた。


もういいから意地を張らなくて、もういいから、そう俺に言ってくれた。


高鳴る鼓動を押さえ、何の話だと俺は誤魔化し笑いを浮かべる。

意地を張るも何もないんですけど、おどけると御堂先輩が解放してくれた。


ホッとしたのも束の間、体が勢いよく反転。


目前にあった金網フェンスに背を向けてしまった。



ギッギッと金網が軋む。



同時に奪われる呼吸に、俺は目を瞠ってしまう。


どうして御堂先輩が、俺の視界を奪っているのか。

どうして俺の視界は彼女でいっぱいなのか。

どうして俺は彼女の体温を唇で感じているのか。



俺は、彼女と、路地裏で、何をしているのだろう。
 


人は不意打ちを食らうと抵抗の前にまず固まるらしい。

突然の行為に呆気とられるしかなかった。

そっと離れていく唇を見つめ、


「なん、で」


こんなことを、俺は相手を呆然と見つめる。

「豊福はうそつきだから」

僕が素直にさせると決めたんだ、薄暗い路地裏の向こうで柔和に綻ぶプリンセス。


そっと俺の目尻に右人差し指を当てて、「ほら素直になった」落ちる雫を掬い取って舐める。


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