前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




ギョッと驚く俺は慌てて手を振り、「俺のことは気にしなくていいっすから」と、行為を拒む。

けれどかたく手を握ってくる御堂先輩は、人の腰に手を回して引き寄せてきた。
 
「照れなくてもいいのに」可愛いらしいね、ウィンクする彼女にそうじゃないと冷汗を流した。

おずおずと取り巻きを一瞥、殺気を放っているファン達がそこにはいた。
今の彼女達ならスーパーサイア人になっても不思議じゃない。戦闘能力は軽く一万超していることだろう。

じわりじわりと感じる殺気に千行の汗を流す。
どうしようか、やはり此処は空気を読んで「俺はこの人の下僕なんだぜ」オーラを出すべきか? そうすれば万事丸くおさまるような気が、ちゅっ。

黄色い悲鳴ならぬ、青い悲鳴が、エントランスホールに響いた。
 
目を点にして額を押える。「機嫌はなおったかい?」と御堂先輩。


え、何を言って……。


「嫉妬していたんだろう? 僕が女のところに行って」


ふらっと体勢を崩し、近場の柱にしがみ付く。

「まだ怒っているのかい?」もう一回でこちゅーしてやろうかと首を傾げる彼女の余所で、俺はズーンと落ち込んだ。
 
なんてことをしてくれたんだ、この人。勘違いにも程がある。
俺は嫉妬ではなく、この場をどう乗り切ろうか必死に考えていたというのに。


嗚呼、俺は殺される。
ファンの怒りどころか殺意を買った。いつ背後から刺されてもおかしくない。
 

お金持ちとお友達になれないとは思ったけれど、これから財閥界で生きていくんだ。

一人くらい心許せる友人が欲しいもの。
なのに出鼻がこれじゃあ、お友達どころか反感を買う一方だろう。特に女性からは。
 
シクシクと泣きつつ、俺は腕を引いてくる彼女に引き摺られるまま歩き出した。
 
蘭子さんとはエントランスホールで別れる。
此処から先は財閥の子息令嬢の域、目付けはお供できないらしい。見送ってくれる蘭子さんに手を振り、重い足取りで先輩と部屋を目指す。
 
  
「あれ。男嫌いの御堂玲だぜ。なんで男と一緒にいるんだよ。まさか噂の、あいつか? どこの財閥の子息だよ」
 

エレベータ前、遠巻きに観察してくる財閥の子息のひとりが訝しげな顔を作った。


噂。
 
そうだ、俺はこの人と噂になっていたんだっけ。
 
あの時はまさかこの人の婚約者になるなんて想像もしていなかった。

なら今は? 俺はこの人の婚約者だ。家の諸事情を背負って向こうの条件を呑んだ。不釣合いでも今は婚約者だ。俺の恐怖心は微々たるもの、もっと大切なことがある。


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