前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
ふらふら、ふらふら、まるで蛇行運転でもしているかのような覚束ない足取りは間もなく壁に激突。空は額を押えてしゃがみ込んでしまった。
なんで此処に壁があるのだと、無機質な壁に対して憤りを見せている。
完全に八つ当たりである。
「そ、空。大丈夫か」
見かねた鈴理が駆け寄って声を掛けると、「ヘーキっす」なんてことのない事故だとよろめきながら立ち上がった。
「ちょっと寝不足でして。いやなんで此処に壁があるんっすかねぇほんと。あ、口調…、ゴッホン。
なんで此処に壁があるのでごぜぇましょうか。ん? なんで此処にお壁がおありなんでしょうか。……あれ?」
「空。無理に畏まろうとすると、単なるギャグになってしまうようだ。今は普通にしておけ。あんた、何も食べてないんじゃないか? なんならあたし達と一緒に」
「あぁあ、大丈夫っすです。俺、今から図書室に行って勉強をしないといけないんっすです」
「うーむ。重傷だぞ空。口調がやたらおかしくなっている。頭をぶつけたせいか? よし、問題だ空。150円のジュースを一ヶ月飲み続けると費用は幾らになる?」
ここで普段の空ならば瞬時にこう答えるだろ。
キリリッと真顔で『30日の場合なら4,500円。31日の場合ならば4,650円っす!』と。
彼のケチ…、じゃない節約心ゆえの計算能力の高さは鈴理も高評価している。
そのためすぐに答えられる筈なのだが。
「えーっと、150円のジュースっすよね。
150円のジュース。150円といえばペットボトル。サイズは500ml。
コンビニだと148円のケースもあるっすけど、スーパーの場合、120円に値下がりをしていることもあるっす。
なんでここまで値段が違うかっていうと、スーパーの場合はコンビニと違って大量にジュースを仕入れているからで」
「なるほどな。深刻な重傷者と見た。空が、あの空がお金の計算すらできないなんて!」
由々しき問題じゃないか、鈴理の指摘にボケボケの元カレは大袈裟だと愛想笑い。
少し寝不足で頭が回っていないだけなのだと肩を竦めると、今度こそ自分達に会釈して図書室の方に足先を向けてしまった。
やっぱり足取りはふらふらで、また壁に激突しかねないのではないかと懸念してしまう。
「空さん。随分やつれましたね。体を酷使してお勉強をなさっているのかもしれません」
一度に四ヶ国語だなんて無理にも程がある。
しかも外国語だけではなく、あの様子ならば幾多の勉強を強いられているに違いない。
眉根を下げる百合子は次いで、こんなことを言う。
彼は庶民出身。
だからこそ、財閥の生活は酷かもしれない、と。