ひつじのあたま
 この人、変わってないなぁ。
 そんなに何度も会ったわけじゃないし、たいして接したこともないけれど、少なくともたまに家に来たときなんかには、いつだって和やかな人だった。怒っているところなんか見たことない。
 けれど同時に彼は少し暗く静かだった。口数は多い方じゃなくて、いつもお姉ちゃんの愚痴をうんうんと聞いている感じ。相槌を打つその表情は、優しいけれど、どこか寂しそうに見えた。
 多分、実際に寂しい気持ちだったというわけじゃないと思う。彼の顔とか言葉とか仕草とかがそんな雰囲気を漂わせているだけだ。
 生まれながらの陰湿さ。
 その中でたまに見せるやんわりした笑顔。
 両者がうまくバランスをとって、悟さんという人間をつくっていた。そしてそこから生まれるゆるいオーラが、彼の一番の魅力。お姉ちゃんはそんな魅力にやられたうちのひとりだろうし、私も同じく、実は密かに彼にあこがれていた。
 「なにしてるの?」
 決して責め立てるふうじゃなく、本当に疑問だというふうに悟さんは言った。
 「…立ち読みしてました」
 悟さんは声は出さずに表情だけで笑った。
 「そう。楽し?」
 「まあまあです」
 悟さんの肩のむこうで、さっきの店員が怪訝そうにこっちを見ている。気が散るのでやめてほしい。見るなうざったいと心の中で悪態をついてやった。
 そのあと二人ともそれぞれ雑誌を手にしてしばらく会話はせず読むことに集中した。真夜中の店内に流行の曲が空しく響いて、二人の沈黙を隠してくれる。
 「…家出?」
 再び口を開くなり核心をつかれたので、心臓が飛び上がりそうになった。
 悟さんは雑誌に視線を落としたままだ。心臓がびっくりしたままで言葉が出ない。
 なんと答えるべきか高速で考えた。普段なら使うことのない脳の奥の奥の部分もフル活用して。素直にそうだと言えば気を使わせるだろうし、嘘をつくのも気が引ける。どう言えばいいの…。
 「よかったら…」
 私が答える前に再び悟さんが、
 「ウチ、来る?」
 そう言って顔をこちらにむけ、私を見つめた。
 「…え?」
 「無理にとは言わないけど…。よかったら来ない?」
 親切な言葉に感動しながらも、私は首を横にふった。
 お姉ちゃんの元彼ってだけの人に、そこまでしてもらうわけにはいかない。
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