狂想曲
ぱたぱたと足音を響かせてやってきたるりさんは、私を見て、ひどく驚いた顔をする。



「るり。これ、キョウの。そこで会って泣いてたからとりあえずってことでコーヒーでも飲ませてやろうと思って連れてきたんだけど」


トオルさんの説明は、ひどく粗雑なものだった。

でもるりさんは、それに返事をすることなく、私の方へと近付いてくる。


少し、緊張した。



「大丈夫?」


泣き腫らした私の顔を覗き込んで。

前よりも目立つようになってきたお腹を支えながら、るりさんは言った。



「もしかしてあなた、知ってしまったの?」


キョウの真実を、という意味だろうか。

私は恐る恐るうなずく。


るりさんは、途端にひどく悲しそうな顔になった。


トオルさんは不可解そうな顔でじっとこちらを見ているだけ。

少し考え込むように目を伏せていたるりさんは、再び私に目をやって、



「ちょっとだけでいいの。このコーヒーを飲み終わるまででいいから、私のお喋りに付き合ってくれないかしら」


私とこの人が、一体何を話せというのだろう。

けれど、嫌ですとも言えないままの私は、それを承知したに等しかった。


るりさんは私なんてお構いなしに、まるで独り言を言うように、過去を懐古する目をして話し出した。



「私はね、昔、中学の教師だったの。音楽の先生よ」


聞きたくなかった。

でも、出されたコーヒーに口をつけることもできないから、るりさんの『お喋り』が続く。



「長年の夢だった教師になって一年目。狭き門である採用試験をクリアして、私はすごくやる気に満ち溢れていたの。教え子たちを愛してあげられる先生になりたい、って」

「………」

「そして勤め始めた学校で、私は当時中学3年生だったキョウくんに出会ったの」

「………」
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