天体観測
「犬好きが聞いたら卒倒しそうだね」

「あら、犬の好きな人だって、犬と人間の違いくらいわかるわよ。現に母さんは犬が大好きだもの。犬っていうのはね、従順になればなるほど可愛さはなくなるわ。人と同じに思えてきちゃうのよ。昔ね、母さんが飼ってた犬がそうだった。躾けしてる最中は最高に可愛かった。毎晩同じ布団に入るけど、朝起きたらもう隣にいないの。それを叱りつけて、またその日の晩、同じことを試みる。けど、やっぱり朝にはいないのよ。でもね、ある日いつもと同じように布団に入ったの。でね、朝起きるとき、どうせいないだろうと思って隣を見るとね、なんとそこにいるじゃない。もう子供の頃の母さんは、嬉しくて、泣いて喜んだわ。でもね、その時同時に思ったの。もうこれは犬じゃないって。人間だって」

ふいに立ち上がって、母さんはポケットから煙草を取り出して、また座った。母さんが家で煙草を吸うのは、極めて珍しい。

「だから母さん、父さんのこと愛しちゃったんだろうね。あの人は、それこそ狼みたいな人だから」

煙を一息吐いた母さんは、ほんの数時間前に会った父さんと同じように年老いていた。

「もうこの辺でいいかな?電話しなきゃいけないんだ」

「お付き合いいただきありがとうございました。でも、やっぱり似てるわね」

「僕はまぎれもなく父さんと母さんの子供だから」

「そうね」

僕が振り返り、自分の部屋のドアノブを掴んだとき、母さんは言った。

「ところで司、左のほっぺた赤いけどどした?」
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