天体観測
滝に着いたとき、僕らのほかには見物人はゼロで、暇を持て余した売店の店員が、ベンチに座って愉しげに語らっていた。

「やっと着いたな。汗だくやで」

「でもここは涼しいやろ?汗なんてすぐ引くよ。来てよかった」

「来てすぐ『よかった』なんて言えるか」

「足立、そこはツッコムところじゃないから」

「ほんまやで。村岡くんもっと言ったって」と恵美は屈託のない笑顔を浮かべて、言った。

機嫌の悪さも汗と共に流れてしまったのか、恵美はいつもと何一つ変わり無かった。

僕は恵美の機嫌が直ったことに、安堵のため息漏らしたが、すぐさま後悔した。

僕は何も悪いことをしていない。

「どうするん?」

雨宮が囁くように言った。

僕はすっかり雨宮の存在を忘れていた。決して存在感がないわけじゃない、なのに滝道を歩いていたときには、その存在を感じなかったのだ。

雨宮の方を見ると、彼女は滝を見て、少し笑っていた。

「滝、好きなの?」

僕が話しかけると、雨宮は目を大きく見開いて、僕をじっと見た。

「どうしたの?」と言った僕の顔はかなり引きつっていたと思う。さすがの僕も動揺を隠せなかった。

「あの、足立くんと話したことってあんまなかったから……その……緊張してまう」

「俺だって、雨宮みたいな可愛い子に話しかけるのは緊張するよ」

雨宮は滝を見ているときと同じような笑みを浮かべて、振り返り、先にベンチの方に向かって歩きだしていた二人の方へ、走っていった。

僕はその後ろ姿を一瞬、見失った。たった数メートル先の彼女を見失ってしまった。それは何とも表せることが出来ない不思議な感覚であり、とても心地よい感覚でもあった。

緑が夏によく映えるのなら、雨宮は緑によく映える。
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