天体観測
マスターは黙って、自分のワインのテイスティングをしている。その姿は、いつもの白髪まじりの男ではなく、どこか高貴な大人の男性に見えた。

「まあ、僕には関係もないし、だからといって知りたいとも思わんけど、大人になるために酒を飲むって発想自体は、子供やな。それに決意を形にするのに大人にならなあかん理由がわからん」

「子供の僕には限界がある。ある程度のところで、妥協を余儀なくされる。そんなんじゃダメなんだ。ルールとか、しがらみとか、そんなものをすべて度外視して考えなきゃいけない。決して曲げることのない決意をしなくちゃいけない。強くならなきゃいけないんだ。常識にとらわれない、強さがほしい」

僕はカウンターを強く、叩いた。今の僕じゃ、到底犯人に行き着くことは出来ない。警察が二年もかけて捜索しているのに見つからない犯人を、子供の僕が見つけられるわけが無い。これは、隆弘に対する死の宣告を父さんから聞いて、恵美に犯人捜しをほのめかした時から思っていることだった。

子供っていうのはあまりに無力だ。

マスターは僕の話をただ頷いて、内容を咀嚼していた。子供の意味のわからない戯れ言をここまで聞いてくれる大人も珍しい。

「なら子供の方がいいやろ。たしかに子供の目から見たら、大人はむちゃくちゃやってるかもしらんよ。でもな、それって広い広い常識の範囲内なんや。でもな、子供がやることって全部常識の範囲外やねん。少年の言う『ルールとかしがらみとかを度外視』するんやったら、子供が楽や。大人っていうのはな、少年が思ってる以上にルールとかしがらみに囚われてるんよ」

マスターはどこからか煙草を取り出して、火を点けた。

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