天体観測
「なんなんよ。『プラネタリウムはね』って」

刺のある言い方をしているわりに、恵美の表情は緩んでいて、誰がどう見ても何かあったことがわかる顔をしていた。

案の定、マスターが「何があったんや」と聞いてきたけれど、僕は全力で無視をした。

村岡と雨宮は僕らの後ろで、どうやら夏祭りの話をしているらしかった。

二日後に催される夏祭りは完全地域密着型の小さな祭りで、比較的遠くに住んでいる二人にはあまり関係ないはずだ。けれど、たぶん二人は明後日もここにいて、こうしてコーヒーなんかを飲んで、夜は祭りに繰り出すだろう。そして、きっとその場には僕と恵美もいるに違いない。

僕はみんなと行く夏祭りを想像する。悪くない。日本中の受験生が四苦八苦しているときに、僕らは未解決の事故の謎を紐解き、少し遅い青春を謳歌する。こんな生活もたしかに悪くない。

「ところで少年」

マスターが妄想の世界から現実の世界へと、僕を呼び戻す。

「さっき、何も見つかってないって言ったよな?」

「うん」

「道路にも?」

「傷一つなかった。きれいなアスファルトだったよ。何が言いたいの?」

マスターは髪を優しく撫でながら、少し考えた後、言った。

「それおかしくないか?」

「何が?」

「今追ってるのは『事件』やなくて『事故』やんな?」

僕と恵美は顔を見合わせ、マスターに向かって揃って頷いた。

「じゃあ、あるべきものがないぞ」

「何?」

その時、後ろにいた雨宮が「あっ」と言って立ち上がった。

「ブレーキ痕……なかった」
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