天体観測
僕が家に着いたときには、まだ太陽の影響が残っていて、闇と激しい戦いを繰り広げていた。

この戦いは、ものの数分で終わる。きっと。でも、僕らの戦いは終わりが見えない。どんどん、どんどん深い闇の中を進み、僕の想像を越えていく。

僕はマスターの一言を思い出して、身震いした。

家には父さんだけがいて、ダイニングで肴もなしでビールを飲んでいた。

「肴なしで、よく飲めるね」

「お前はジンジャーエールを飲むときスルメを食べるか?」

僕は首を横に振って、居間のソファに座った。庭では、まだ蝉が鳴いている。

「いつまで家にいれるのさ」

「わからん」

「今日はやけに早いね」

「ああ」

「隆弘どう?」

父さんはその問いには答えなかった。白紙解答には、部分点すらない。この人は、まだ医者の守秘義務なんてものを律儀に守っているのだろうか。

僕は少し腹が立って、父さんを懲らしめてやろう。そう思った。

「恵美が妊娠したんだ」

父さんはビールを注いだグラスを倒し、僕の方を見た。その顔は、ひどく青ざめていて、早くも笑いが出そうだった。

「司……」

「やっぱり僕としても責任っていうのは取らなきゃいけないと思うんだ。僕は男だし、父親になるんだから」

「本当なのか?」

「僕は恵美の夫になるんだから、当然隆弘のこと、聞く権利がある」

僕の意図がわかったらしく、父さんは笑った。

「つまり、そういうことか。全く、我が息子ながらとんでもない奴だ。受験を控えた医者の息子が同級生を孕ますなんて、洒落にもならないぞ」
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