ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
11 曖昧な嘘の、見抜き方
☆☆☆☆☆
「おはよう! 揃ってる
ようだから、今朝は早めに
朝礼を始めるな。
実はちょっと重大発表が
あるんだ」
いきなり大竹課長がそんな
ことを言い出して、始業前の
オフィスはにわかにざわめいた。
(重大発表? って何――…?)
通路越しに頭を並べてる
奈々と、思わず顔を見合わせる。
一様に不思議そうな顔を
してる面々に向かって、
大竹課長はゴホンとひとつ
咳ばらいをすると、
「実は、来年度早々に我が
社とホワイト・マリッジ
グループが事業提携を結ぶ
ことが決定した」
と、粛々とした口調で告げた。
_みんな、一瞬ア然として――
でも次の瞬間、一斉に
驚きの声をあげる。
「ホワイト・マリッジ!?
嘘っ、超大手じゃない!」
「え、でも事業提携って
どういうこと?
もしかしてうち吸収されんの?」
口々にあがる興奮と懸念の声。
あたしも、心境は全く
同じだった。
ホワイト・マリッジグループと
いえば、業界ではトップ
クラスに入る大手ブライ
ダル企業。
結婚式場運営や自社ブランドの
展開、プランナー養成まで
手広くやってて、業績は
右肩上がりって聞いてる。
うちは完全な結婚“相談所”
だけど、同じブライダル
関連ということで、もちろん
誰しも把握してる有名企業だ。
_そんな所と提携するだなんて
言われたら、まず思い
浮かべるのは、やっぱり
よくある“吸収合併”って
いう言葉で……。
「まぁ落ち着け。
たしかに、資金面での
状況改善を目的にホワイト・
マリッジの傘下に入る
ことは間違いない。
でも、単なる吸収じゃ
ないから心配するな」
「どういうことですか?」
誰かの質問に、大竹課長が
よどみなく説明したのは
こういうことだった。
つまり我がピュアスプリングは、
事実上ホワイト・マリッジ
グループの一環に入ることで、
グループからの資金も
受け取れる立場になる。
_それを元に我が社は新しい
サービスを展開し、より
集客に努め、成婚の折には
顧客にホワイトマリッジの
利用をあっ旋する。
顧客提供という形で、親に
恩返しするって感じだ。
「だからつまり、あくまで
協力というニュアンスだよ。
社名も人事も変わらないから、
うちの経営陣は今までどおりだ。
もちろん、社員である君らもな」
そこまで聞いて、ようやく
オフィスには安堵の空気が
戻った。
「それじゃ、要するに
サービスとか商品が一部
変わるっていう、それだけ
なんですね?」
奈々の確認にも、大竹課長は
『あぁ』と深く頷いた。
_(なんだ……よかった……)
もちろん新サービス導入と
なると、集客担当である
あたし達も新しいセールスを
考えないといけないから、
大変なことは間違いない。
でも、吸収とか乗っ取りって
いう会社の危機でないので
あれば、とりあえずは御の字だ。
後はもう大人の事情って
やつだし、実際決定して
しまってるなら、あたし達は
それについてくしかないし。
「ということで、今後カウン
セラー部、アドバイザー部
合同で、ホワイトマリッジ
側とも協議し新サービスの
構想を練り上げることになる。
この辺りは上層部で話し
合われるが、その兼ね合いで
しばらくはホワイトマリッジの
幹部がうちに出入りする
ことになるから」
_『まぁビビる必要はない
から、普段通りに仕事してくれ』
そう言って、課長はその
話を終えた。
後はいつも通りのスケジュール
確認なんかをして、朝礼は
滞りなく終わる。
時刻はもうオープン直前で、
慌ただしく動き出す社員達。
アポの入ってる社員は出迎え
カウンターのあるサロンに
移動していき、少し静かに
なったオフィスで、奈々が
声をかけてきた。
「ビックリしたねー。
でもまぁ、中堅企業の生き
残りは厳しい時代だもんね。
言ってみれば最良の策なの
かなぁ」
「かもね。
でもうちの理念は何も
変わらないんだし、あたし
達は今まで通り仕事すれば
いいんじゃない?」
_「それもそっか。
とりあえずは年内の数字
だもんね」
「そういうこと」
奈々は『よーし、今日も
張り切っていこー!』と
元気な声をあげて、改めて
自分のチームを見渡した。
と、その途中でピタッと
動きが止まる。
席についてた一人の社員を見て、奈々は訝しげに、
「柚木クンも朝イチ
入ってるよね?
どうしたの? 何かあった?」
声をかけられた柚木クンは、
無表情で奈々を見上げた。
あたしもつい注目する。
朝イチが入ってるなら
とっくにサロンに行って
ないとダメなのに、何を
呑気に座ってるんだろう?
_「――いえ、何も。
行ってきます」
柚木クンは抑揚のない声で
答え、すぐに資料をまとめると
立ち上がりオフィスを
出ていった。
あたしと奈々は、ポカンと
それを見送る。
「どーしたんだろ?
彼がボーッとしてるなんて
珍しいね」
首を傾げる奈々に、あたしも
曖昧に頷いた。
―――その後いくつかの
オーダーをあげつつ午前中が
終わり、お昼になる。
客商売だから基本休憩は
バラバラなんだけど、直接
接客のないチーフは12時
からと固定されてる。
だけど奈々は部下が
ややこしい接客中だから
時間をずらすって言ったんで、
あたしは一人でランチを
取りに出ることにした。
_下に降りるためエレベーターに
乗ろうとしたところで、
あたしは少なからず
ドキッとして足を止める。
エレベーターの前には、
先客が一人。――柚木クンだ。
「……お疲れ様。今から?」
何気ないふうを装って、
短く声をかけた。
会社では普通の上司と部下。
無視もできない。
「………はい」
チラッとあたしを見て
そっけない返事をした
だけで、柚木クンはそれ
以上何も言わなかった。
そのことには特に驚かない。
“柚木クン”って人は、
それで普通だから。
でも――…。
エレベーターが到着して
乗り込む。
あたし達以外、乗客はいない。
_ジッと閉じたドアを見つめてる
柚木クンに、あたしは背後
から思い切って声をかけた。
「――どうしたの?
どこか具合悪い?」
「え? なんですかいきなり」
「ん……だって、元気ない
じゃない。朝からずっと……」
他の人には多分わからない。
でもあたしは彼といる
時間が長くなったせいか、
何となくわかった。
朝にボーッとしてたのも
そうだけど――それ以降も、
今日の柚木クンはどこか
おかしい。
普段通りを装ってはいるけど、
なんて言うか、心ここに
あらずって言うか……
全部のことがおざなりで、
集中してない感じ。
_決して気のせいじゃないと
思うけど、返ってきたのは
フンッと笑う声だった。
「別にオレはいつも通りだよ。
てゆーか美咲、会社でも
そんなにオレのこと見てんだ?」
「……………っ!?」
いきなりプライベートの
口調で話されて、あたしは
ギョッとなる。
それに、何よその
“そんなに見てる”って!?
「な、何となく様子が
おかしいから、ちょっと
気になっただけでしょっ。
変な言い方やめて。
ってゆーか会社でそんな
話し方しないでよっ」
今は二人きりのエレベーター
とはいえ、それ以外じゃ
どこで誰が聞いてるか
わからない。
ケジメはちゃんとつけて
もらわなきゃ困る。
_目くじらを立てるあたしに、
柚木クンは呆れたように
クスクス笑った。
「美咲の方がうるさい声
出してると思うけどね」
その時、エレベーターが
途中階で停止し、数人が
ドヤドヤと乗り込んで来る。
奥につめる形で、ボタンの
前に立つ柚木クンとは距離が
離れ、会話はそれきりになった。
一階に着くと柚木クンは
先に降り、あたしを振り
返ることもなく、さっさと
エントランスを出ていく。
(もう……何よあの態度!
人がせっかく心配して
あげたのに……!)
ちょっとムカついたけど、
でもそれだけじゃなく、
心に何かが引っ掛かった。
_……やっぱりどこか、今日の
彼は“らしくない”気がする。
あんな口調で話してきたのも、
もしかしたら、はぐらかす
ためだったのかもしれない。
逃げるように去ってしまった
背中を思い出したら、
そんなふうに思えた。
(何よ……。あたしには
言えないっていうの……)
ふと、胸をかすめる、
不思議な感覚。
冷たいすき間風が吹いた
ような……。
大事にしてるペットに手を
差し延べたのに、スッと
無視されちゃった時みたいな、
そんな感じ。
(――って、アイツは
あたしのペットでも、
大事にしてもないけど)
……だけどそれでも、心に
感じた物悲しい冷たさを、
あたしは拭うことが
できなかった――…。
☆☆☆☆☆
_
「おはよう! 揃ってる
ようだから、今朝は早めに
朝礼を始めるな。
実はちょっと重大発表が
あるんだ」
いきなり大竹課長がそんな
ことを言い出して、始業前の
オフィスはにわかにざわめいた。
(重大発表? って何――…?)
通路越しに頭を並べてる
奈々と、思わず顔を見合わせる。
一様に不思議そうな顔を
してる面々に向かって、
大竹課長はゴホンとひとつ
咳ばらいをすると、
「実は、来年度早々に我が
社とホワイト・マリッジ
グループが事業提携を結ぶ
ことが決定した」
と、粛々とした口調で告げた。
_みんな、一瞬ア然として――
でも次の瞬間、一斉に
驚きの声をあげる。
「ホワイト・マリッジ!?
嘘っ、超大手じゃない!」
「え、でも事業提携って
どういうこと?
もしかしてうち吸収されんの?」
口々にあがる興奮と懸念の声。
あたしも、心境は全く
同じだった。
ホワイト・マリッジグループと
いえば、業界ではトップ
クラスに入る大手ブライ
ダル企業。
結婚式場運営や自社ブランドの
展開、プランナー養成まで
手広くやってて、業績は
右肩上がりって聞いてる。
うちは完全な結婚“相談所”
だけど、同じブライダル
関連ということで、もちろん
誰しも把握してる有名企業だ。
_そんな所と提携するだなんて
言われたら、まず思い
浮かべるのは、やっぱり
よくある“吸収合併”って
いう言葉で……。
「まぁ落ち着け。
たしかに、資金面での
状況改善を目的にホワイト・
マリッジの傘下に入る
ことは間違いない。
でも、単なる吸収じゃ
ないから心配するな」
「どういうことですか?」
誰かの質問に、大竹課長が
よどみなく説明したのは
こういうことだった。
つまり我がピュアスプリングは、
事実上ホワイト・マリッジ
グループの一環に入ることで、
グループからの資金も
受け取れる立場になる。
_それを元に我が社は新しい
サービスを展開し、より
集客に努め、成婚の折には
顧客にホワイトマリッジの
利用をあっ旋する。
顧客提供という形で、親に
恩返しするって感じだ。
「だからつまり、あくまで
協力というニュアンスだよ。
社名も人事も変わらないから、
うちの経営陣は今までどおりだ。
もちろん、社員である君らもな」
そこまで聞いて、ようやく
オフィスには安堵の空気が
戻った。
「それじゃ、要するに
サービスとか商品が一部
変わるっていう、それだけ
なんですね?」
奈々の確認にも、大竹課長は
『あぁ』と深く頷いた。
_(なんだ……よかった……)
もちろん新サービス導入と
なると、集客担当である
あたし達も新しいセールスを
考えないといけないから、
大変なことは間違いない。
でも、吸収とか乗っ取りって
いう会社の危機でないので
あれば、とりあえずは御の字だ。
後はもう大人の事情って
やつだし、実際決定して
しまってるなら、あたし達は
それについてくしかないし。
「ということで、今後カウン
セラー部、アドバイザー部
合同で、ホワイトマリッジ
側とも協議し新サービスの
構想を練り上げることになる。
この辺りは上層部で話し
合われるが、その兼ね合いで
しばらくはホワイトマリッジの
幹部がうちに出入りする
ことになるから」
_『まぁビビる必要はない
から、普段通りに仕事してくれ』
そう言って、課長はその
話を終えた。
後はいつも通りのスケジュール
確認なんかをして、朝礼は
滞りなく終わる。
時刻はもうオープン直前で、
慌ただしく動き出す社員達。
アポの入ってる社員は出迎え
カウンターのあるサロンに
移動していき、少し静かに
なったオフィスで、奈々が
声をかけてきた。
「ビックリしたねー。
でもまぁ、中堅企業の生き
残りは厳しい時代だもんね。
言ってみれば最良の策なの
かなぁ」
「かもね。
でもうちの理念は何も
変わらないんだし、あたし
達は今まで通り仕事すれば
いいんじゃない?」
_「それもそっか。
とりあえずは年内の数字
だもんね」
「そういうこと」
奈々は『よーし、今日も
張り切っていこー!』と
元気な声をあげて、改めて
自分のチームを見渡した。
と、その途中でピタッと
動きが止まる。
席についてた一人の社員を見て、奈々は訝しげに、
「柚木クンも朝イチ
入ってるよね?
どうしたの? 何かあった?」
声をかけられた柚木クンは、
無表情で奈々を見上げた。
あたしもつい注目する。
朝イチが入ってるなら
とっくにサロンに行って
ないとダメなのに、何を
呑気に座ってるんだろう?
_「――いえ、何も。
行ってきます」
柚木クンは抑揚のない声で
答え、すぐに資料をまとめると
立ち上がりオフィスを
出ていった。
あたしと奈々は、ポカンと
それを見送る。
「どーしたんだろ?
彼がボーッとしてるなんて
珍しいね」
首を傾げる奈々に、あたしも
曖昧に頷いた。
―――その後いくつかの
オーダーをあげつつ午前中が
終わり、お昼になる。
客商売だから基本休憩は
バラバラなんだけど、直接
接客のないチーフは12時
からと固定されてる。
だけど奈々は部下が
ややこしい接客中だから
時間をずらすって言ったんで、
あたしは一人でランチを
取りに出ることにした。
_下に降りるためエレベーターに
乗ろうとしたところで、
あたしは少なからず
ドキッとして足を止める。
エレベーターの前には、
先客が一人。――柚木クンだ。
「……お疲れ様。今から?」
何気ないふうを装って、
短く声をかけた。
会社では普通の上司と部下。
無視もできない。
「………はい」
チラッとあたしを見て
そっけない返事をした
だけで、柚木クンはそれ
以上何も言わなかった。
そのことには特に驚かない。
“柚木クン”って人は、
それで普通だから。
でも――…。
エレベーターが到着して
乗り込む。
あたし達以外、乗客はいない。
_ジッと閉じたドアを見つめてる
柚木クンに、あたしは背後
から思い切って声をかけた。
「――どうしたの?
どこか具合悪い?」
「え? なんですかいきなり」
「ん……だって、元気ない
じゃない。朝からずっと……」
他の人には多分わからない。
でもあたしは彼といる
時間が長くなったせいか、
何となくわかった。
朝にボーッとしてたのも
そうだけど――それ以降も、
今日の柚木クンはどこか
おかしい。
普段通りを装ってはいるけど、
なんて言うか、心ここに
あらずって言うか……
全部のことがおざなりで、
集中してない感じ。
_決して気のせいじゃないと
思うけど、返ってきたのは
フンッと笑う声だった。
「別にオレはいつも通りだよ。
てゆーか美咲、会社でも
そんなにオレのこと見てんだ?」
「……………っ!?」
いきなりプライベートの
口調で話されて、あたしは
ギョッとなる。
それに、何よその
“そんなに見てる”って!?
「な、何となく様子が
おかしいから、ちょっと
気になっただけでしょっ。
変な言い方やめて。
ってゆーか会社でそんな
話し方しないでよっ」
今は二人きりのエレベーター
とはいえ、それ以外じゃ
どこで誰が聞いてるか
わからない。
ケジメはちゃんとつけて
もらわなきゃ困る。
_目くじらを立てるあたしに、
柚木クンは呆れたように
クスクス笑った。
「美咲の方がうるさい声
出してると思うけどね」
その時、エレベーターが
途中階で停止し、数人が
ドヤドヤと乗り込んで来る。
奥につめる形で、ボタンの
前に立つ柚木クンとは距離が
離れ、会話はそれきりになった。
一階に着くと柚木クンは
先に降り、あたしを振り
返ることもなく、さっさと
エントランスを出ていく。
(もう……何よあの態度!
人がせっかく心配して
あげたのに……!)
ちょっとムカついたけど、
でもそれだけじゃなく、
心に何かが引っ掛かった。
_……やっぱりどこか、今日の
彼は“らしくない”気がする。
あんな口調で話してきたのも、
もしかしたら、はぐらかす
ためだったのかもしれない。
逃げるように去ってしまった
背中を思い出したら、
そんなふうに思えた。
(何よ……。あたしには
言えないっていうの……)
ふと、胸をかすめる、
不思議な感覚。
冷たいすき間風が吹いた
ような……。
大事にしてるペットに手を
差し延べたのに、スッと
無視されちゃった時みたいな、
そんな感じ。
(――って、アイツは
あたしのペットでも、
大事にしてもないけど)
……だけどそれでも、心に
感じた物悲しい冷たさを、
あたしは拭うことが
できなかった――…。
☆☆☆☆☆
_