ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
10 危険な同居人との距離の、保ち方
☆☆☆☆☆
次の休みに当たる、水曜日。
――あたしの部屋には、
中サイズのキャリーバッグと、
もう一つ謎の荷物を持って
やって来た柚木クンがいた。
一方的な居候宣言からは
今日で四日目になるけど、
結局それまでの間も、夜は
あたしの部屋に泊めて
しまってる。
本当に帰る所がない、
お金もないと言われて、
半ば脅しみたいなもの
だったけど……
でもあたし自身も、どこか
もう諦めてるところがあった。
強い押しに流されたとは
いえ、二回も肌を合わせ、
社内では間違いなくあたし
しか知らないだろうって
いう、彼の素顔を見て。
_年寄りじみた言い方だけど、
情が移ったって言うんだろうか。
この冬の寒い中、強引に
出ていけと怒鳴ることも
出来ないし、会社に来て
くれないと上司としても
困るし……。
そんなことを言い訳の
ように胸の内で繰り返して、
結局、今日を迎えてた。
「――荷物、それだけなの?」
荷物をリビングに入った所に
置いたまま、まずトレンチ
コートを脱いでる柚木クンに、
つい怪訝な声で聞いてしまう。
『千晶は仕事でいないから、
留守のうちに荷物を取ってくる』
と言って出て行った柚木クン。
持てる範囲の荷物なのは
わかってたけれど、それに
しても、この荷物は少ない。
_キャリーバッグは三泊四日の
旅行がせいぜいのサイズだし、
それに、もう一つの荷物は――。
(ってゆーか、まさか
これって――?)
「ねぇ。そっちのは、ペット
ケージに見えるんだけど?」
指を指して尋ねたら、柚木
クンはこともなげに頷いて、
「そうだよ。……あぁ、
出してやらなきゃな」
そう言うとケージに歩み
寄り、中を開いて手を差し
入れた。
彼の腕に抱かれて出てきた
のは、純白の毛並みが
綺麗な、かわいい小型犬。
「マルチーズのファズって
いうんだ。メスだよ。
かわいいだろ?」
「かわいいだろ、って――…」
_そりゃあもちろん、かわいい。
ふわふわしてて、クリッと
した黒い目なんてオモチャ
みたいで、女子ならつい
キュンとしてしまう
愛くるしさだけど……。
「……まさか、飼う気?」
「は? でなきゃ連れて
来ないよね普通?」
「“は?”じゃないわよ!
そんな勝手に……!」
「いいじゃん。これは
オレの犬なんだよ。
あそこには、置いとけない」
「そんなこと言われても、
ここ、ペット禁止だし……」
困り果てて説明したけど、
柚木クンは一向に譲ろうとせず、
「バレなきゃ平気だろ。
大丈夫だよ、そんなキャン
キャン鳴く奴じゃないから」
_挙げ句の果てには、『じゃあ
保健所に連れてけって
言うの?』とまで言われて、
とうとうあたしは諦めた。
「……わかったわよ。
でもどういうこと、
“オレの犬”って?」
二人で住んでたのなら、
“二人の犬”じゃないん
だろうか。
そう思って聞いたら、
返ってきた答えは、
「別にそのままの意味だよ。
ファズは、千晶と住む前
からオレが飼ってた犬だから」
「え? 前から?」
それじゃあ今みたいに、
千晶さんと住む時にも、
こうやって連れてきたってこと?
「その前はあなた、
どうしてたの?」
_「前? その前はもちろん、
別の人の家にいたよ」
「…………は?」
目が点になる。
別の人の家って、まさか……。
「千晶の前は28歳のCA、
その前は32歳のクラブママ。
けど、一番つき合いが
長いのは、それよりずっと
前から飼ってる、コイツだよ」
表情であたしの疑念は
お見通しだったのかもしれない。
柚木クンはまるで先回り
するように、スラスラと
説明してのけた。
でも、あたしはその流暢な
口調に、余計に神経が
逆撫でされる。
ムカつく点は、もちろん
ファズのことなんかじゃなく、
「あなた――一体何人の
女の元を渡り歩いてるのよっ!?」
_前に彼は千晶さんとの関係を
『住む所を提供してもらってる』
なんて言ってたけど、正直
ピンと来てなかった。
だってそんな俗に言うヒモ
みたいな言い方しても、
柚木クン自身、ちゃんと
仕事してる社会人だし。
でも、今の発言で完全に
考えを改める。
仕事はしてるけど――でも
それ以外の面では、もしかして
本当に、ヒモ……?
「自分の家はどーしたのっ?
いつからそんな生活してる
のよ!?」
グッと身を乗り出して
わめくと、柚木クンは
白々しいしかめっ面で
『うるさい』とアピール
しながら、
「家はだいぶ前に出て、
一人になってからはずっと
こうだよ。
いいだろ別に。一緒に住み
たい、住んでほしいって
女が後を絶たなかったんだから」
_「なっ………!」
なんて尊大な言い方。
あたしは思わず、躍起に
なってこう叫んでた。
「言っとくけど、あたしは
違うからねっ!」
そう――あたしは、今まで
柚木クンが生活を共にして
きたような女の人とは違う。
だってあたしは柚木クンの
彼女じゃないし、望んで
ここに住ませたいわけじゃ
ないんだから。
――もう何度も繰り返した
言葉だけど、あたしは
改めて口にした。
「ここに住ませるのは、
家を借りるお金が貯まる
までだけよ。
それに、食費はちゃんと
出してもらうから」
_それを聞くと、柚木クンは
げんなりした顔をして、
「わかってるって。
美咲、案外しつこいね?」
「あっ、あなたがどう
見ても真面目に聞いてない
からでしょっ!?」
「聞いてるよ。聞き過ぎて
耳にタコができた」
「……………っ!」
(あぁもうっ、いちいち
ムカつくっ!!)
朝晩だけとはいえ、こんな
男と同居なんて、本当に
うまくいくんだろうか。
……ううん、そんなことを
言ってる場合じゃないんだ。
何だかんだ言っても、
あたしは彼の上司なのよ。
これ以上、彼に振り
回されてちゃいけない。
_あたしは心の中で、今回
決めたルールを、もう一度
繰り返す。
ひとつ、彼に生活の
ペースを崩されない。
ひとつ、出退勤はもちろん
別行動で、会社にも絶対に
バレないようにする。
ひとつ、セックスは、もう
絶対にしない。
……もちろん、キスも。
恋人同士じゃない。本当に、
ただの一時的な同居人。
だったら、当然のことだ。
もちろんこれも、柚木クン
にも宣言してある。
彼の返事は、
『三つめに関しては確約
できないな。
美咲かわいいし、それに
もしかしたら、キミから
ねだりたくなってくるかもよ?』
だったけど。
_『そんなことは100%
ないわよっ!!』
そう叫んで、とりあえずの
了承は取りつけた。
不安が残ってないわけじゃ
ないけど、でも、あたしの
態度がちゃんとしてれば、
間違いはないはず。
……と、信じてる。
とにかく、大人としての
正しい距離を保って、健全に。
失恋のせいで自分を見失って
柚木クンに流されたりした
けど、もう、同じことは
繰り返さない。
罪悪感のカケラもない顔で
愛犬とじゃれてる柚木クンを
見ながら、あたしは改めて、
胸に誓ってた。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
「美咲、朝食できたよ」
寝室で着替えてると、
リビングから呼ぶ声がした。
ちなみに、彼の生活
スペースはそのリビング。
1LDKの家には、柚木クンに
まるまる提供できる部屋
なんてない。
だから荷物もリビングの
隅に置いて、夜には来客用
布団を敷いて寝てもらう。
――つもりだったけど、
実際には本読みながら
ソファで寝ちゃってる
みたいだけど。
今までは開けっ放しだった
けど、間仕切りのドアが
あるから、閉めれば一応
それぞれの個室は完成だ。
ドア越しに声をかければ、
全然聞こえる距離だけどね。
こんなふうに。
_「……ありがと」
着替えとメイクを済ませて
リビングに行くと、テーブルに
二人分の朝食が並んでた。
柚木クンの席の足元では、
ファズが先にペットフードに
かぶりついてる。
(おいしそう……)
ファズのご飯じゃない。
あたし達用の方。
そう――彼が自分で『できる』
って言ってたとおり、
どうやら彼は本気で
料理が得意らしい。
『せめてものお礼に朝食
くらいは作るよ』なんて
言うから、遠慮なくお願い
することにしたら、ここ
連日相当豪華なメニューを
並べてくれてる。
今朝はクロワッサンサンドに
野菜スティック、クリーム
チーズとアボカドのディップ、
アプリコットソースをかけた
ヨーグルト、カフェオレ。
_よくもまぁほんの数十分で、
これだけの量をこんなに
綺麗に仕上げるもんだ。
下手したらちゃんとした
夕食を作らせても、あたし
よりうまいかもしれない。
「さ、食べよ」
涼しい顔で食べ始める柚木
クンに続いて、あたしも
それを頂いた。
もちろん問題なくおいしい。
そして時間になると、
あたしが先に家を出る。
電車一本分の時間をずらして、
柚木クンが出かけて――
たどり着く先は、当然
同じだけど。
「……おはようございます」
出勤してきた柚木クンの
目には、細いフレームの眼鏡。
家では全然かけてないから、
最近ではこっちの方に違和感
覚えるようになってしまった。
_「柚木クン、おはよっ。
今朝の一本目お願いするよ。
ネットの事前アンケート
見る限り、ちょっと
難しそうでさぁ――」
奈々が資料を持って彼の
席に近づき、話を始めた。
柚木クンはいかにも真面目
そうな無表情で、それを
聞いてる。
……会社では、相変わらずの
優秀さだ。
(本当に……どうして会社
ではこんなキャラ作って
るんだろ……?)
まぁあの嫌味っぽい本性で
生活してたら、今以上に
悪目立ちして嫌われ者に
なってるだろうけど。
でも、そんなことを気に
するようなタイプにも
見えないんだけどな。
_今さらながら気になった
あたしは、その日の夜、
思い切って彼に聞いてみた。
今夜もソファに座って本を
読んでた柚木クンは、感情の
ない顔でチラリとあたしを見て、
「そんなこと聞いて
どうすんの?」
「えっ? べ、別にどうも
しないけど……そんな
怪しい人間、普通はそう
いないから聞いてるだけよ」
取り繕うようにそう言うと、
柚木クンはフッと苦笑いして、
「怪しいって、ずいぶんな
言い方だな。
――別に、面倒臭いから
ああしてるだけだよ。
誰とも深く関わりたいと
思ってないし、干渉も
されたくない。だから」
_「面倒臭いって……」
ある意味彼らしい言葉の
ようでもあるけど、でも
変な話だ。
「それなら、どうして
こんな仕事選んだのよ」
他人と関わるのが嫌なら、
もっと作業系の仕事に
すればいい。
よくはわからないけど、
IT系とか工場系とか――
そういうのだったら、なんか
黙々と作業してればよさそう。
よりにもよって営業なんて
のは、一番遠い職種の
ような気がする。
実際うちでも、“成績は
いいけど変人”扱いされてるし。
この問いかけには、柚木
クンも微妙に表情を変えた。
片方の眉を下げて、唇の
端を上げて、何だか妙に
皮肉めいた顔で、
_「だって、面白いじゃない。
結婚したくて焦ってる
人間の相手するの」
「面白い……?」
「ウン。笑える。
孤独感にさいなまれて、
世間体気にして。
いい大人がみっともなく
足掻いてて、ウケるよ」
「なっ………!」
あたしは思わず眉を吊りあげた。
上司としてもあるけど、
そんなこと抜きに、あたし
個人としてムカつく。
お客様を馬鹿にされたのと
同時に、自分自身も馬鹿に
されたような気がしたから。
「なんてこと言うのよ!?
そっ、そんなふざけた
気持ちで仕事してたの!?」
声を裏返しながら食って
かかると、柚木クンは
大ゲサに背筋を反らして、
「そうだよ。
けど別に怒られる言われは
ないと思うけど。
教えられたことはキッチリ
やってるだろ」
_「だ、だからってね……」
言われたことやってれば、
成績がよければ、何でも
いいわけじゃない。
そりゃたしかに、あたしも
長年この仕事やってれば、
時には『この人焦ってるなぁ』
とか思う時はあるよ。
でもそれはほんの一部分の
感情であって――
そもそもお客様を馬鹿に
して笑うのが仕事の目的
だなんて、そんな……。
「―――何? やっぱ
怒ってんの?」
先回りして柚木クンが
尋ねてくる。
あたしは鼻息荒く息を
つきながら答えた。
「当たり前でしょっ」
「じゃあ、美咲はどうして
この仕事してるのさ?」
「えっ? あたし――…?」
_思わぬ切り返しに一瞬答えに
詰まったけど、あたしは
心の中でその問いの答えを
探した。
そして、ぴったりの言葉を
考えながら、ゆっくりと答える。
「元々人と話すのが好き
だから、営業がしたかったん
だけど。
この業種を選んだのは……
一番、人の心に触れる
仕事ができると思ったからよ」
「人の心に、触れる……?」
「そう。
出会いを求めてああいう
所に来るって、本当に見栄を
捨てて、本心をさらけ
出さないとできないじゃない。
そういう人って、きっと
あと一歩の勇気がなくて
悩んでるんだと思う。
だから、あたしがそれを
お手伝いできればって――」
_勤務も長くなって、たまに
初心を忘れてしまうことは
あるけど。
でも、間違いなくそれが
この業種に興味を持った
きっかけだし、入社面接でも
胸を張ってこう言ったと思う。
それにチーフになって数字を
管理する立場になっても、
この基本姿勢は忘れてない
つもり。
――ものすごく真面目に
答えたのに、あろうことか
柚木クンは、話を聞き
終わるとプッと噴き出した。
(何よっ!?)
どんな嘲りの言葉を吐く
つもりかと、キッと睨んで
その言葉を待ってたら、
「全く……成長しないん
だね、美咲は」
クスクス笑いながら、彼は
そんなことを言う。
_「え? ど、どういう意味?」
困惑して問い返すと、柚木
クンはシレッとした顔で、
「オレの年の新入社員歓迎会
でも、一言一句今と同じ
こと言ってたよ。
オレ、その時も“もう入社
して数年経ってるのに、
こんなめでたい先輩がいるん
だなぁ”と思ったんだよね」
「なっ………」
カァッと頬が熱くなる。
と、いうことは……。
「答えがわかってるなら、
わざわざ聞かないでよっ!!」
何なのよ、一体。もしかして
話がそらしたかっただけ?
まんまとしてやられたことに
ようやく気づいたけど、
時すでに遅し。
柚木クンはソファから
立ち上がり、リビングを
出ていこうとしてた。
_「先にシャワー使うね。
10時から見たいテレビあるから」
「当然のように言ってん
じゃないわよっ」
リビングに住んでるからって、
チャンネルまで独占させるか。
ちょっとは遠慮しろっての、
まったく!
プリプリしてるあたしを
尻目に、柚木クンは足元に
じゃれついてきたファズに
『ちょっと怖いおねーさんと
待ってて』と言い置いて、
部屋を出ていく。
そのドアに向かって、
あたしは思いっきり
クッションを投げつけた――。
☆☆☆☆☆
_
次の休みに当たる、水曜日。
――あたしの部屋には、
中サイズのキャリーバッグと、
もう一つ謎の荷物を持って
やって来た柚木クンがいた。
一方的な居候宣言からは
今日で四日目になるけど、
結局それまでの間も、夜は
あたしの部屋に泊めて
しまってる。
本当に帰る所がない、
お金もないと言われて、
半ば脅しみたいなもの
だったけど……
でもあたし自身も、どこか
もう諦めてるところがあった。
強い押しに流されたとは
いえ、二回も肌を合わせ、
社内では間違いなくあたし
しか知らないだろうって
いう、彼の素顔を見て。
_年寄りじみた言い方だけど、
情が移ったって言うんだろうか。
この冬の寒い中、強引に
出ていけと怒鳴ることも
出来ないし、会社に来て
くれないと上司としても
困るし……。
そんなことを言い訳の
ように胸の内で繰り返して、
結局、今日を迎えてた。
「――荷物、それだけなの?」
荷物をリビングに入った所に
置いたまま、まずトレンチ
コートを脱いでる柚木クンに、
つい怪訝な声で聞いてしまう。
『千晶は仕事でいないから、
留守のうちに荷物を取ってくる』
と言って出て行った柚木クン。
持てる範囲の荷物なのは
わかってたけれど、それに
しても、この荷物は少ない。
_キャリーバッグは三泊四日の
旅行がせいぜいのサイズだし、
それに、もう一つの荷物は――。
(ってゆーか、まさか
これって――?)
「ねぇ。そっちのは、ペット
ケージに見えるんだけど?」
指を指して尋ねたら、柚木
クンはこともなげに頷いて、
「そうだよ。……あぁ、
出してやらなきゃな」
そう言うとケージに歩み
寄り、中を開いて手を差し
入れた。
彼の腕に抱かれて出てきた
のは、純白の毛並みが
綺麗な、かわいい小型犬。
「マルチーズのファズって
いうんだ。メスだよ。
かわいいだろ?」
「かわいいだろ、って――…」
_そりゃあもちろん、かわいい。
ふわふわしてて、クリッと
した黒い目なんてオモチャ
みたいで、女子ならつい
キュンとしてしまう
愛くるしさだけど……。
「……まさか、飼う気?」
「は? でなきゃ連れて
来ないよね普通?」
「“は?”じゃないわよ!
そんな勝手に……!」
「いいじゃん。これは
オレの犬なんだよ。
あそこには、置いとけない」
「そんなこと言われても、
ここ、ペット禁止だし……」
困り果てて説明したけど、
柚木クンは一向に譲ろうとせず、
「バレなきゃ平気だろ。
大丈夫だよ、そんなキャン
キャン鳴く奴じゃないから」
_挙げ句の果てには、『じゃあ
保健所に連れてけって
言うの?』とまで言われて、
とうとうあたしは諦めた。
「……わかったわよ。
でもどういうこと、
“オレの犬”って?」
二人で住んでたのなら、
“二人の犬”じゃないん
だろうか。
そう思って聞いたら、
返ってきた答えは、
「別にそのままの意味だよ。
ファズは、千晶と住む前
からオレが飼ってた犬だから」
「え? 前から?」
それじゃあ今みたいに、
千晶さんと住む時にも、
こうやって連れてきたってこと?
「その前はあなた、
どうしてたの?」
_「前? その前はもちろん、
別の人の家にいたよ」
「…………は?」
目が点になる。
別の人の家って、まさか……。
「千晶の前は28歳のCA、
その前は32歳のクラブママ。
けど、一番つき合いが
長いのは、それよりずっと
前から飼ってる、コイツだよ」
表情であたしの疑念は
お見通しだったのかもしれない。
柚木クンはまるで先回り
するように、スラスラと
説明してのけた。
でも、あたしはその流暢な
口調に、余計に神経が
逆撫でされる。
ムカつく点は、もちろん
ファズのことなんかじゃなく、
「あなた――一体何人の
女の元を渡り歩いてるのよっ!?」
_前に彼は千晶さんとの関係を
『住む所を提供してもらってる』
なんて言ってたけど、正直
ピンと来てなかった。
だってそんな俗に言うヒモ
みたいな言い方しても、
柚木クン自身、ちゃんと
仕事してる社会人だし。
でも、今の発言で完全に
考えを改める。
仕事はしてるけど――でも
それ以外の面では、もしかして
本当に、ヒモ……?
「自分の家はどーしたのっ?
いつからそんな生活してる
のよ!?」
グッと身を乗り出して
わめくと、柚木クンは
白々しいしかめっ面で
『うるさい』とアピール
しながら、
「家はだいぶ前に出て、
一人になってからはずっと
こうだよ。
いいだろ別に。一緒に住み
たい、住んでほしいって
女が後を絶たなかったんだから」
_「なっ………!」
なんて尊大な言い方。
あたしは思わず、躍起に
なってこう叫んでた。
「言っとくけど、あたしは
違うからねっ!」
そう――あたしは、今まで
柚木クンが生活を共にして
きたような女の人とは違う。
だってあたしは柚木クンの
彼女じゃないし、望んで
ここに住ませたいわけじゃ
ないんだから。
――もう何度も繰り返した
言葉だけど、あたしは
改めて口にした。
「ここに住ませるのは、
家を借りるお金が貯まる
までだけよ。
それに、食費はちゃんと
出してもらうから」
_それを聞くと、柚木クンは
げんなりした顔をして、
「わかってるって。
美咲、案外しつこいね?」
「あっ、あなたがどう
見ても真面目に聞いてない
からでしょっ!?」
「聞いてるよ。聞き過ぎて
耳にタコができた」
「……………っ!」
(あぁもうっ、いちいち
ムカつくっ!!)
朝晩だけとはいえ、こんな
男と同居なんて、本当に
うまくいくんだろうか。
……ううん、そんなことを
言ってる場合じゃないんだ。
何だかんだ言っても、
あたしは彼の上司なのよ。
これ以上、彼に振り
回されてちゃいけない。
_あたしは心の中で、今回
決めたルールを、もう一度
繰り返す。
ひとつ、彼に生活の
ペースを崩されない。
ひとつ、出退勤はもちろん
別行動で、会社にも絶対に
バレないようにする。
ひとつ、セックスは、もう
絶対にしない。
……もちろん、キスも。
恋人同士じゃない。本当に、
ただの一時的な同居人。
だったら、当然のことだ。
もちろんこれも、柚木クン
にも宣言してある。
彼の返事は、
『三つめに関しては確約
できないな。
美咲かわいいし、それに
もしかしたら、キミから
ねだりたくなってくるかもよ?』
だったけど。
_『そんなことは100%
ないわよっ!!』
そう叫んで、とりあえずの
了承は取りつけた。
不安が残ってないわけじゃ
ないけど、でも、あたしの
態度がちゃんとしてれば、
間違いはないはず。
……と、信じてる。
とにかく、大人としての
正しい距離を保って、健全に。
失恋のせいで自分を見失って
柚木クンに流されたりした
けど、もう、同じことは
繰り返さない。
罪悪感のカケラもない顔で
愛犬とじゃれてる柚木クンを
見ながら、あたしは改めて、
胸に誓ってた。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
「美咲、朝食できたよ」
寝室で着替えてると、
リビングから呼ぶ声がした。
ちなみに、彼の生活
スペースはそのリビング。
1LDKの家には、柚木クンに
まるまる提供できる部屋
なんてない。
だから荷物もリビングの
隅に置いて、夜には来客用
布団を敷いて寝てもらう。
――つもりだったけど、
実際には本読みながら
ソファで寝ちゃってる
みたいだけど。
今までは開けっ放しだった
けど、間仕切りのドアが
あるから、閉めれば一応
それぞれの個室は完成だ。
ドア越しに声をかければ、
全然聞こえる距離だけどね。
こんなふうに。
_「……ありがと」
着替えとメイクを済ませて
リビングに行くと、テーブルに
二人分の朝食が並んでた。
柚木クンの席の足元では、
ファズが先にペットフードに
かぶりついてる。
(おいしそう……)
ファズのご飯じゃない。
あたし達用の方。
そう――彼が自分で『できる』
って言ってたとおり、
どうやら彼は本気で
料理が得意らしい。
『せめてものお礼に朝食
くらいは作るよ』なんて
言うから、遠慮なくお願い
することにしたら、ここ
連日相当豪華なメニューを
並べてくれてる。
今朝はクロワッサンサンドに
野菜スティック、クリーム
チーズとアボカドのディップ、
アプリコットソースをかけた
ヨーグルト、カフェオレ。
_よくもまぁほんの数十分で、
これだけの量をこんなに
綺麗に仕上げるもんだ。
下手したらちゃんとした
夕食を作らせても、あたし
よりうまいかもしれない。
「さ、食べよ」
涼しい顔で食べ始める柚木
クンに続いて、あたしも
それを頂いた。
もちろん問題なくおいしい。
そして時間になると、
あたしが先に家を出る。
電車一本分の時間をずらして、
柚木クンが出かけて――
たどり着く先は、当然
同じだけど。
「……おはようございます」
出勤してきた柚木クンの
目には、細いフレームの眼鏡。
家では全然かけてないから、
最近ではこっちの方に違和感
覚えるようになってしまった。
_「柚木クン、おはよっ。
今朝の一本目お願いするよ。
ネットの事前アンケート
見る限り、ちょっと
難しそうでさぁ――」
奈々が資料を持って彼の
席に近づき、話を始めた。
柚木クンはいかにも真面目
そうな無表情で、それを
聞いてる。
……会社では、相変わらずの
優秀さだ。
(本当に……どうして会社
ではこんなキャラ作って
るんだろ……?)
まぁあの嫌味っぽい本性で
生活してたら、今以上に
悪目立ちして嫌われ者に
なってるだろうけど。
でも、そんなことを気に
するようなタイプにも
見えないんだけどな。
_今さらながら気になった
あたしは、その日の夜、
思い切って彼に聞いてみた。
今夜もソファに座って本を
読んでた柚木クンは、感情の
ない顔でチラリとあたしを見て、
「そんなこと聞いて
どうすんの?」
「えっ? べ、別にどうも
しないけど……そんな
怪しい人間、普通はそう
いないから聞いてるだけよ」
取り繕うようにそう言うと、
柚木クンはフッと苦笑いして、
「怪しいって、ずいぶんな
言い方だな。
――別に、面倒臭いから
ああしてるだけだよ。
誰とも深く関わりたいと
思ってないし、干渉も
されたくない。だから」
_「面倒臭いって……」
ある意味彼らしい言葉の
ようでもあるけど、でも
変な話だ。
「それなら、どうして
こんな仕事選んだのよ」
他人と関わるのが嫌なら、
もっと作業系の仕事に
すればいい。
よくはわからないけど、
IT系とか工場系とか――
そういうのだったら、なんか
黙々と作業してればよさそう。
よりにもよって営業なんて
のは、一番遠い職種の
ような気がする。
実際うちでも、“成績は
いいけど変人”扱いされてるし。
この問いかけには、柚木
クンも微妙に表情を変えた。
片方の眉を下げて、唇の
端を上げて、何だか妙に
皮肉めいた顔で、
_「だって、面白いじゃない。
結婚したくて焦ってる
人間の相手するの」
「面白い……?」
「ウン。笑える。
孤独感にさいなまれて、
世間体気にして。
いい大人がみっともなく
足掻いてて、ウケるよ」
「なっ………!」
あたしは思わず眉を吊りあげた。
上司としてもあるけど、
そんなこと抜きに、あたし
個人としてムカつく。
お客様を馬鹿にされたのと
同時に、自分自身も馬鹿に
されたような気がしたから。
「なんてこと言うのよ!?
そっ、そんなふざけた
気持ちで仕事してたの!?」
声を裏返しながら食って
かかると、柚木クンは
大ゲサに背筋を反らして、
「そうだよ。
けど別に怒られる言われは
ないと思うけど。
教えられたことはキッチリ
やってるだろ」
_「だ、だからってね……」
言われたことやってれば、
成績がよければ、何でも
いいわけじゃない。
そりゃたしかに、あたしも
長年この仕事やってれば、
時には『この人焦ってるなぁ』
とか思う時はあるよ。
でもそれはほんの一部分の
感情であって――
そもそもお客様を馬鹿に
して笑うのが仕事の目的
だなんて、そんな……。
「―――何? やっぱ
怒ってんの?」
先回りして柚木クンが
尋ねてくる。
あたしは鼻息荒く息を
つきながら答えた。
「当たり前でしょっ」
「じゃあ、美咲はどうして
この仕事してるのさ?」
「えっ? あたし――…?」
_思わぬ切り返しに一瞬答えに
詰まったけど、あたしは
心の中でその問いの答えを
探した。
そして、ぴったりの言葉を
考えながら、ゆっくりと答える。
「元々人と話すのが好き
だから、営業がしたかったん
だけど。
この業種を選んだのは……
一番、人の心に触れる
仕事ができると思ったからよ」
「人の心に、触れる……?」
「そう。
出会いを求めてああいう
所に来るって、本当に見栄を
捨てて、本心をさらけ
出さないとできないじゃない。
そういう人って、きっと
あと一歩の勇気がなくて
悩んでるんだと思う。
だから、あたしがそれを
お手伝いできればって――」
_勤務も長くなって、たまに
初心を忘れてしまうことは
あるけど。
でも、間違いなくそれが
この業種に興味を持った
きっかけだし、入社面接でも
胸を張ってこう言ったと思う。
それにチーフになって数字を
管理する立場になっても、
この基本姿勢は忘れてない
つもり。
――ものすごく真面目に
答えたのに、あろうことか
柚木クンは、話を聞き
終わるとプッと噴き出した。
(何よっ!?)
どんな嘲りの言葉を吐く
つもりかと、キッと睨んで
その言葉を待ってたら、
「全く……成長しないん
だね、美咲は」
クスクス笑いながら、彼は
そんなことを言う。
_「え? ど、どういう意味?」
困惑して問い返すと、柚木
クンはシレッとした顔で、
「オレの年の新入社員歓迎会
でも、一言一句今と同じ
こと言ってたよ。
オレ、その時も“もう入社
して数年経ってるのに、
こんなめでたい先輩がいるん
だなぁ”と思ったんだよね」
「なっ………」
カァッと頬が熱くなる。
と、いうことは……。
「答えがわかってるなら、
わざわざ聞かないでよっ!!」
何なのよ、一体。もしかして
話がそらしたかっただけ?
まんまとしてやられたことに
ようやく気づいたけど、
時すでに遅し。
柚木クンはソファから
立ち上がり、リビングを
出ていこうとしてた。
_「先にシャワー使うね。
10時から見たいテレビあるから」
「当然のように言ってん
じゃないわよっ」
リビングに住んでるからって、
チャンネルまで独占させるか。
ちょっとは遠慮しろっての、
まったく!
プリプリしてるあたしを
尻目に、柚木クンは足元に
じゃれついてきたファズに
『ちょっと怖いおねーさんと
待ってて』と言い置いて、
部屋を出ていく。
そのドアに向かって、
あたしは思いっきり
クッションを投げつけた――。
☆☆☆☆☆
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