ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
10 危険な同居人との距離の、保ち方
     ☆☆☆☆☆



次の休みに当たる、水曜日。



――あたしの部屋には、
中サイズのキャリーバッグと、
もう一つ謎の荷物を持って
やって来た柚木クンがいた。


一方的な居候宣言からは
今日で四日目になるけど、
結局それまでの間も、夜は
あたしの部屋に泊めて
しまってる。


本当に帰る所がない、
お金もないと言われて、
半ば脅しみたいなもの
だったけど……

でもあたし自身も、どこか
もう諦めてるところがあった。


強い押しに流されたとは
いえ、二回も肌を合わせ、
社内では間違いなくあたし
しか知らないだろうって
いう、彼の素顔を見て。


_年寄りじみた言い方だけど、
情が移ったって言うんだろうか。


この冬の寒い中、強引に
出ていけと怒鳴ることも
出来ないし、会社に来て
くれないと上司としても
困るし……。


そんなことを言い訳の
ように胸の内で繰り返して、
結局、今日を迎えてた。



「――荷物、それだけなの?」


荷物をリビングに入った所に
置いたまま、まずトレンチ
コートを脱いでる柚木クンに、
つい怪訝な声で聞いてしまう。


『千晶は仕事でいないから、
留守のうちに荷物を取ってくる』
と言って出て行った柚木クン。


持てる範囲の荷物なのは
わかってたけれど、それに
しても、この荷物は少ない。


_キャリーバッグは三泊四日の
旅行がせいぜいのサイズだし、
それに、もう一つの荷物は――。


(ってゆーか、まさか
これって――?)


「ねぇ。そっちのは、ペット
ケージに見えるんだけど?」


指を指して尋ねたら、柚木
クンはこともなげに頷いて、


「そうだよ。……あぁ、
出してやらなきゃな」


そう言うとケージに歩み
寄り、中を開いて手を差し
入れた。


彼の腕に抱かれて出てきた
のは、純白の毛並みが
綺麗な、かわいい小型犬。


「マルチーズのファズって
いうんだ。メスだよ。

かわいいだろ?」


「かわいいだろ、って――…」


_そりゃあもちろん、かわいい。

ふわふわしてて、クリッと
した黒い目なんてオモチャ
みたいで、女子ならつい
キュンとしてしまう
愛くるしさだけど……。


「……まさか、飼う気?」


「は? でなきゃ連れて
来ないよね普通?」


「“は?”じゃないわよ!

そんな勝手に……!」


「いいじゃん。これは
オレの犬なんだよ。
あそこには、置いとけない」


「そんなこと言われても、
ここ、ペット禁止だし……」


困り果てて説明したけど、
柚木クンは一向に譲ろうとせず、


「バレなきゃ平気だろ。
大丈夫だよ、そんなキャン
キャン鳴く奴じゃないから」


_挙げ句の果てには、『じゃあ
保健所に連れてけって
言うの?』とまで言われて、
とうとうあたしは諦めた。


「……わかったわよ。

でもどういうこと、
“オレの犬”って?」


二人で住んでたのなら、
“二人の犬”じゃないん
だろうか。


そう思って聞いたら、
返ってきた答えは、


「別にそのままの意味だよ。

ファズは、千晶と住む前
からオレが飼ってた犬だから」


「え? 前から?」


それじゃあ今みたいに、
千晶さんと住む時にも、
こうやって連れてきたってこと?


「その前はあなた、
どうしてたの?」


_「前? その前はもちろん、
別の人の家にいたよ」


「…………は?」


目が点になる。

別の人の家って、まさか……。


「千晶の前は28歳のCA、
その前は32歳のクラブママ。

けど、一番つき合いが
長いのは、それよりずっと
前から飼ってる、コイツだよ」


表情であたしの疑念は
お見通しだったのかもしれない。


柚木クンはまるで先回り
するように、スラスラと
説明してのけた。


でも、あたしはその流暢な
口調に、余計に神経が
逆撫でされる。


ムカつく点は、もちろん
ファズのことなんかじゃなく、


「あなた――一体何人の
女の元を渡り歩いてるのよっ!?」


_前に彼は千晶さんとの関係を
『住む所を提供してもらってる』
なんて言ってたけど、正直
ピンと来てなかった。


だってそんな俗に言うヒモ
みたいな言い方しても、
柚木クン自身、ちゃんと
仕事してる社会人だし。


でも、今の発言で完全に
考えを改める。


仕事はしてるけど――でも
それ以外の面では、もしかして
本当に、ヒモ……?



「自分の家はどーしたのっ?

いつからそんな生活してる
のよ!?」


グッと身を乗り出して
わめくと、柚木クンは
白々しいしかめっ面で
『うるさい』とアピール
しながら、


「家はだいぶ前に出て、
一人になってからはずっと
こうだよ。

いいだろ別に。一緒に住み
たい、住んでほしいって
女が後を絶たなかったんだから」


_「なっ………!」


なんて尊大な言い方。


あたしは思わず、躍起に
なってこう叫んでた。


「言っとくけど、あたしは
違うからねっ!」


そう――あたしは、今まで
柚木クンが生活を共にして
きたような女の人とは違う。


だってあたしは柚木クンの
彼女じゃないし、望んで
ここに住ませたいわけじゃ
ないんだから。


――もう何度も繰り返した
言葉だけど、あたしは
改めて口にした。


「ここに住ませるのは、
家を借りるお金が貯まる
までだけよ。

それに、食費はちゃんと
出してもらうから」


_それを聞くと、柚木クンは
げんなりした顔をして、


「わかってるって。
美咲、案外しつこいね?」


「あっ、あなたがどう
見ても真面目に聞いてない
からでしょっ!?」


「聞いてるよ。聞き過ぎて
耳にタコができた」


「……………っ!」


(あぁもうっ、いちいち
ムカつくっ!!)


朝晩だけとはいえ、こんな
男と同居なんて、本当に
うまくいくんだろうか。


……ううん、そんなことを
言ってる場合じゃないんだ。


何だかんだ言っても、
あたしは彼の上司なのよ。

これ以上、彼に振り
回されてちゃいけない。


_あたしは心の中で、今回
決めたルールを、もう一度
繰り返す。


ひとつ、彼に生活の
ペースを崩されない。


ひとつ、出退勤はもちろん
別行動で、会社にも絶対に
バレないようにする。


ひとつ、セックスは、もう
絶対にしない。

……もちろん、キスも。


恋人同士じゃない。本当に、
ただの一時的な同居人。

だったら、当然のことだ。


もちろんこれも、柚木クン
にも宣言してある。

彼の返事は、

『三つめに関しては確約
できないな。

美咲かわいいし、それに
もしかしたら、キミから
ねだりたくなってくるかもよ?』

だったけど。


_『そんなことは100%
ないわよっ!!』


そう叫んで、とりあえずの
了承は取りつけた。


不安が残ってないわけじゃ
ないけど、でも、あたしの
態度がちゃんとしてれば、
間違いはないはず。

……と、信じてる。



とにかく、大人としての
正しい距離を保って、健全に。


失恋のせいで自分を見失って
柚木クンに流されたりした
けど、もう、同じことは
繰り返さない。


罪悪感のカケラもない顔で
愛犬とじゃれてる柚木クンを
見ながら、あたしは改めて、
胸に誓ってた。





     ☆☆☆☆☆


_     ☆☆☆☆☆



「美咲、朝食できたよ」


寝室で着替えてると、
リビングから呼ぶ声がした。


ちなみに、彼の生活
スペースはそのリビング。


1LDKの家には、柚木クンに
まるまる提供できる部屋
なんてない。

だから荷物もリビングの
隅に置いて、夜には来客用
布団を敷いて寝てもらう。

――つもりだったけど、
実際には本読みながら
ソファで寝ちゃってる
みたいだけど。


今までは開けっ放しだった
けど、間仕切りのドアが
あるから、閉めれば一応
それぞれの個室は完成だ。


ドア越しに声をかければ、
全然聞こえる距離だけどね。
こんなふうに。


_「……ありがと」


着替えとメイクを済ませて
リビングに行くと、テーブルに
二人分の朝食が並んでた。

柚木クンの席の足元では、
ファズが先にペットフードに
かぶりついてる。


(おいしそう……)


ファズのご飯じゃない。
あたし達用の方。


そう――彼が自分で『できる』
って言ってたとおり、
どうやら彼は本気で
料理が得意らしい。


『せめてものお礼に朝食
くらいは作るよ』なんて
言うから、遠慮なくお願い
することにしたら、ここ
連日相当豪華なメニューを
並べてくれてる。


今朝はクロワッサンサンドに
野菜スティック、クリーム
チーズとアボカドのディップ、
アプリコットソースをかけた
ヨーグルト、カフェオレ。


_よくもまぁほんの数十分で、
これだけの量をこんなに
綺麗に仕上げるもんだ。

下手したらちゃんとした
夕食を作らせても、あたし
よりうまいかもしれない。


「さ、食べよ」


涼しい顔で食べ始める柚木
クンに続いて、あたしも
それを頂いた。

もちろん問題なくおいしい。


そして時間になると、
あたしが先に家を出る。


電車一本分の時間をずらして、
柚木クンが出かけて――


たどり着く先は、当然
同じだけど。



「……おはようございます」


出勤してきた柚木クンの
目には、細いフレームの眼鏡。


家では全然かけてないから、
最近ではこっちの方に違和感
覚えるようになってしまった。


_「柚木クン、おはよっ。
今朝の一本目お願いするよ。

ネットの事前アンケート
見る限り、ちょっと
難しそうでさぁ――」


奈々が資料を持って彼の
席に近づき、話を始めた。


柚木クンはいかにも真面目
そうな無表情で、それを
聞いてる。

……会社では、相変わらずの
優秀さだ。


(本当に……どうして会社
ではこんなキャラ作って
るんだろ……?)


まぁあの嫌味っぽい本性で
生活してたら、今以上に
悪目立ちして嫌われ者に
なってるだろうけど。

でも、そんなことを気に
するようなタイプにも
見えないんだけどな。


_今さらながら気になった
あたしは、その日の夜、
思い切って彼に聞いてみた。


今夜もソファに座って本を
読んでた柚木クンは、感情の
ない顔でチラリとあたしを見て、


「そんなこと聞いて
どうすんの?」


「えっ? べ、別にどうも
しないけど……そんな
怪しい人間、普通はそう
いないから聞いてるだけよ」


取り繕うようにそう言うと、
柚木クンはフッと苦笑いして、


「怪しいって、ずいぶんな
言い方だな。

――別に、面倒臭いから
ああしてるだけだよ。

誰とも深く関わりたいと
思ってないし、干渉も
されたくない。だから」


_「面倒臭いって……」


ある意味彼らしい言葉の
ようでもあるけど、でも
変な話だ。


「それなら、どうして
こんな仕事選んだのよ」


他人と関わるのが嫌なら、
もっと作業系の仕事に
すればいい。

よくはわからないけど、
IT系とか工場系とか――
そういうのだったら、なんか
黙々と作業してればよさそう。


よりにもよって営業なんて
のは、一番遠い職種の
ような気がする。

実際うちでも、“成績は
いいけど変人”扱いされてるし。


この問いかけには、柚木
クンも微妙に表情を変えた。


片方の眉を下げて、唇の
端を上げて、何だか妙に
皮肉めいた顔で、


_「だって、面白いじゃない。
結婚したくて焦ってる
人間の相手するの」


「面白い……?」


「ウン。笑える。

孤独感にさいなまれて、
世間体気にして。

いい大人がみっともなく
足掻いてて、ウケるよ」


「なっ………!」


あたしは思わず眉を吊りあげた。


上司としてもあるけど、
そんなこと抜きに、あたし
個人としてムカつく。

お客様を馬鹿にされたのと
同時に、自分自身も馬鹿に
されたような気がしたから。


「なんてこと言うのよ!?

そっ、そんなふざけた
気持ちで仕事してたの!?」


声を裏返しながら食って
かかると、柚木クンは
大ゲサに背筋を反らして、


「そうだよ。

けど別に怒られる言われは
ないと思うけど。

教えられたことはキッチリ
やってるだろ」


_「だ、だからってね……」


言われたことやってれば、
成績がよければ、何でも
いいわけじゃない。


そりゃたしかに、あたしも
長年この仕事やってれば、
時には『この人焦ってるなぁ』
とか思う時はあるよ。


でもそれはほんの一部分の
感情であって――

そもそもお客様を馬鹿に
して笑うのが仕事の目的
だなんて、そんな……。


「―――何? やっぱ
怒ってんの?」


先回りして柚木クンが
尋ねてくる。


あたしは鼻息荒く息を
つきながら答えた。


「当たり前でしょっ」


「じゃあ、美咲はどうして
この仕事してるのさ?」


「えっ? あたし――…?」


_思わぬ切り返しに一瞬答えに
詰まったけど、あたしは
心の中でその問いの答えを
探した。


そして、ぴったりの言葉を
考えながら、ゆっくりと答える。


「元々人と話すのが好き
だから、営業がしたかったん
だけど。

この業種を選んだのは……
一番、人の心に触れる
仕事ができると思ったからよ」


「人の心に、触れる……?」


「そう。

出会いを求めてああいう
所に来るって、本当に見栄を
捨てて、本心をさらけ
出さないとできないじゃない。

そういう人って、きっと
あと一歩の勇気がなくて
悩んでるんだと思う。

だから、あたしがそれを
お手伝いできればって――」


_勤務も長くなって、たまに
初心を忘れてしまうことは
あるけど。


でも、間違いなくそれが
この業種に興味を持った
きっかけだし、入社面接でも
胸を張ってこう言ったと思う。


それにチーフになって数字を
管理する立場になっても、
この基本姿勢は忘れてない
つもり。



――ものすごく真面目に
答えたのに、あろうことか
柚木クンは、話を聞き
終わるとプッと噴き出した。


(何よっ!?)


どんな嘲りの言葉を吐く
つもりかと、キッと睨んで
その言葉を待ってたら、


「全く……成長しないん
だね、美咲は」


クスクス笑いながら、彼は
そんなことを言う。


_「え? ど、どういう意味?」


困惑して問い返すと、柚木
クンはシレッとした顔で、


「オレの年の新入社員歓迎会
でも、一言一句今と同じ
こと言ってたよ。

オレ、その時も“もう入社
して数年経ってるのに、
こんなめでたい先輩がいるん
だなぁ”と思ったんだよね」


「なっ………」


カァッと頬が熱くなる。


と、いうことは……。


「答えがわかってるなら、
わざわざ聞かないでよっ!!」


何なのよ、一体。もしかして
話がそらしたかっただけ?


まんまとしてやられたことに
ようやく気づいたけど、
時すでに遅し。

柚木クンはソファから
立ち上がり、リビングを
出ていこうとしてた。


_「先にシャワー使うね。
10時から見たいテレビあるから」


「当然のように言ってん
じゃないわよっ」


リビングに住んでるからって、
チャンネルまで独占させるか。

ちょっとは遠慮しろっての、
まったく!


プリプリしてるあたしを
尻目に、柚木クンは足元に
じゃれついてきたファズに
『ちょっと怖いおねーさんと
待ってて』と言い置いて、
部屋を出ていく。


そのドアに向かって、
あたしは思いっきり
クッションを投げつけた――。





     ☆☆☆☆☆


_
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