ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
21 年下小悪魔との、生き方
     ☆☆☆☆☆



初めて訪れるホワイト・
マリッジの本社は、大きな
自社ビルで、さすが上場
企業という貫禄だった。


平日の今日。
会社を欠勤して、あたしは
瞬也とそのビルの前に
立っている。


会社を休んでしまって
申し訳ない思いはある。


でも今回のことは、間違い
なくピュアスプリングにも
何らかの被害を及ぼすだろう。


そもそも事業提携自体、
瞬也がいるから決まった
ことだった。

でもその瞬也はもういない。
ピュアスプリングにも、
ホワイトマリッジにも。


蘭子さんを裏切るような
行為をして、このまま何も
起こらないなんて考えられない。


_だけど出来ることなら、
会社には影響を及ぼさず
あたし達だけの問題で
済ませたかった。

だからその糸口を見つける
ためにも、あたし達は今、
ここにいる。



「……行こうか」


静かな瞬也の声に促され、
あたしは無言で頷いた。


恐くはない。
でも、緊張はしてる。


知らず知らずのうちにグッと
握り込んでた拳を、瞬也が
ソッと包んでくれた。

そのまましっかりと手を
握り合って、あたし達は
広いエントランスから中に入る。


あたし達の姿は私服。
スーツを着ていないから、
どうしても目立ってた。


受付に歩み寄った時も、
控える受付嬢は露骨に
不審そうな顔をしてる。


_「社長に用事がある。
たしか今日はいるはずだよね」


サラリと瞬也がそんなことを
言うもんだから、受付嬢は
ギョッとして言った。


「……恐れ入りますが
こちらは本社ビルでござい
まして、一般のお客様の
来訪はご遠慮頂いております。

弊社へのご意見ご要望等は、
担当支店やフリーコールで
お伺いしておりますが?」


クレームでも言いに来た
顧客だと思ったらしい。

まあ、普通ならそう思うだろう。


瞬也も特に気分を害した
様子もなく、穏やかな声で返す。


「一般の顧客じゃない。

ちゃんとした約束もして
ないけれど、向こうは
オレ達を待ってるはずだ。

とりあえず内線で確認して
みてくれ。すぐにわかるから」


_「は………?」


受付嬢は眉をひそめてマジ
マジとあたし達を見た。

瞬也を見て、あたしを見て、
もう一度瞬也を。

その二回目に目が合った時に、
瞬也はとうとう自分の
身分を明らかにする。


「やれやれ。何度か会ってる
けど、思い出してもらえない
みたいだな。

キミ、社長に側近がついたの
知ってるだろ?」


「えっ? ……あ………!」


言われてようやく受付嬢は
気づいたらしい。

でも、目を白黒させて驚いてた。

社長の側近が私服姿で、
見知らぬ女と社長を訪ねて
るんだもの、当然と言えば当然。


「事情は話せないけど。

とりあえず関係者だって
ことはわかっただろ。

社長に確認をとってくれ」


_やや鋭く言われて、受付嬢は
ハッと我に返る。

まだ困惑した表情を見せ
ながらも、やっと『かしこ
まりました』と呟いて、
電話の受話器を取った。


電話は秘書室に繋がった
ようで、社長に来客のある
こととそれが瞬也である
ことを伝えるよう頼んでいる。


通話が保留になると、
受付嬢は『少々お待ち下さい』
と頭を下げ……

やがてしばらくの後、
秘書と短い会話をした
受付嬢は受話器を置いて、


「社長がお会いになるそうです。

社長室へお向かい下さい」


「わかった、ありがとう」


サラリと答えて、瞬也が
目線であたしを促した。


瞬也はもちろん足を運んだ
ことがある場所。

躊躇うことなく、あたしの
先にたって歩き出す。


_ホールからエレベーターに
乗り、最上階に近い階で降りて。


廊下を進み、あたし達は
重厚な木製のドアの前に立った。


「……大丈夫? 緊張してる?」


「してるけど。でも、平気よ」


答えたあたしに短く頷いて、
瞬也がドアをノックする。

すぐに、中から『お入りなさい』
と返事があった。



「――まさかノコノコ二人で
来るとは思わなかった。

私は好都合だけれど、
いい度胸してるわね」


二人で並んで踏み入った
社長室は、高価そうな棚や
来客セット、社長のデスク
などが配置された広い部屋。


そこでデスクに座って
あたし達を迎えた蘭子さんは、
意外にも微笑みを見せて
そう言った。


_「美咲の住所も知れてる。

例え逃げたって、あなたには
探すことくらいたやすいでしょ」


瞬也が静かに答える。

それにフッとため息の
ような笑いをこぼす蘭子さん。


「もちろんそうね。

……逃がしはしないわよ。

夕べ一晩だけ、待って
あげようと思ったの。
そして戻って来なければ……
ま、その先は言わなくても
わかるわよね」


――どこまでも、瞬也を
探して追いかける。

きっと、そういうことが
言いたいんだろう。


「………………」


瞬也は何も答えず、沈黙が
訪れた。


あたしも少し戸惑って、
まだ二人の様子を伺うに
とどめていた。


_蘭子さんなら、もっと激情
あらわに詰め寄って、罵倒を
浴びせてくるんじゃない
かと思ってたんだ。

だからこの落ち着きようは
意外で、逆に少し恐くすら
思えてしまう。

心の裏に、まだ隠された
感情があるようで。



「――もうオレは、蘭子
さんの元へは戻らない。

成人するまで育ててくれた
恩は一生忘れないよ。

でももう、オレは蘭子さんの
望みを叶えることは
できないから」


やがて沈黙を破り、瞬也が
蘭子さんをまっすぐに見て
そう言った。

確固たる意志の宿った、
凛とした声だ。


蘭子さんはすぐには何も
言わない。

しばらく無言で瞬也を見つめ、
そして次にあたしに顔を
向けると、


_「この女に、本気で
ハマっちゃったってわけ?

信じられないわね。今まで
どんな女とも、遊びのつき
合いしかしたことなかった
じゃない」


「蘭子さんにはわからない。

けどね。他の女となんて
比べられないんだよ」


即座に言い切る瞬也の言葉が、
あたしの胸にもジンと
響き渡った。


「オレは彼女と生きていく
ことに決めたから。

もう蘭子さんとは一緒に
いられないし、関係も
続けられない。

――オレを探すのは、
やめてくれ」


「瞬也―――…」


短く名前を呼んだ蘭子さんの
声の奥で、感情が揺らめいてた。


怒り、悲しみ、悔しさ。
色んな思いが、彼女の中で
せめぎ合ってるのがわかる。


_やがて蘭子さんがその感情を
ぶつけたのは、瞬也じゃ
なくてあたしだった。

キッとあたしを睨んで、
吐き捨てるような荒々しい声で、


「あなた……とんだ泥棒猫ね」


「盗んだつもりはありません。
瞬也とあたしが望んだことです。

瞬也はあなたのおもちゃでも、
ペットでもない。

あなたに瞬也の意志と
自由を奪う権利なんて
ないはずです」


あたしも瞬也に負けない
ように、ハッキリと思いを
伝えよう。


途中でスッと小さく息を
ついて、あたしはさらに
キッパリと言う。


「あたしは彼のことが
本気で好きです。

ずっと一緒にいたい――
いようって、二人で決めました。

あなたが瞬也にしてることは、
自分の気持ちを押しつけてる
だけです。

もう、彼を解放して……!」


_「美咲………」


一気に言い終えて深い息を
吐いたあたしを、隣で
瞬也が見てる。

あたし達はどちらからとも
なく、しっかりと互いの
手を握り合った。


「どんな妨害をしてもムダだよ。

会社も家も、全部捨てる
覚悟はしてる。

だけど、できれば争いたくない。
だからこうして話しに
来てるんだ」


「瞬也……。私の力はよく
知ってるはず。

そのうえで、言ってるのね?」


「もちろんだよ」


迷うことなく頷く瞬也。

聞かれてないけど、無意識の
うちにあたしも頷いてた。

――あたし達の心は、同じ。


_今度は長い長い沈黙が訪れた。


あたしは瞬也の手を握る掌に
グッと力を込め、ジッと
蘭子さんを見つめ続ける。


蘭子さんはあたしからも
瞬也からも目をそらして、
どこか遠くを見ていた。


軽く下唇を噛んだ表情は、
激しい感情を懸命に
隠しているように見える。


「―――いつから気づいてたの」


やがて蘭子さんが発したのは、
そんな問いかけのような言葉。


だけどその意味は、あたし
にはわからなかった。


それを理解したのは瞬也
だけで、瞬也は静かな声で
答える。


「つい最近だよ」


「―――そう。

そして、あれが、あなたの
答えなのね」


_「――当然だろ?

ねえ蘭子さん。オレと何度
寝たって、そんな関係は
まやかしだ。

あなたも気づくべきだよ。
そしてもう本当に、オレの
ことは忘れて」


「………………っ」


蘭子さんは答えない。


その沈黙が何を意味するのか――
あたしにも、きっと瞬也にも、
正確には推しはかれて
いなかったかもしれない。


再びの沈黙の後、蘭子さんは
椅子を回してあたし達に
背中を向けた。

そして、かすかに震える
小さな声で、


「――後悔するわよ、きっと」


それはどういう意味だろう。


やっぱり、とことん妨害
してやるってことだろうか?

あたし達のことなんて
認めないって。

だけどそうだとしても、


「かまいません」
「かまわない」


_あたしと瞬也の声が綺麗に
重なった。


それきりもう、蘭子さんが
こちらに向き直ることは
なかった。

彼女は小さな背中を向けた
まま、早口で吐き捨てる。


「わかったわ。
もういい、出ていきなさい」


「蘭子さん。オレは―――」


「出ていきなさいって
言ったでしょう!」


ピシャリと言い切られて、
思わず顔を見合わせるあたし達。


あたしにはまだ少し、
これでいいのかという
不安があった。

だけど瞬也は、蘭子さんの
態度から何か感じるものが
あったのか、


「行こう、美咲」


「でも―――…」


『ホントにいいの?』と
いう意味を込めて見つめた
瞳にも、瞬也は頷いて、


「うん。帰ろう」


_「―――わかった」


瞬也がそう言うなら、
あたしは彼を信じる。

そう思ったから、あたし達も
蘭子さんに背を向け、
静かに部屋を出た。


重いドアがバタンと閉まる
音が、静まった廊下に響く。

それ以外の音はなかった。

部屋の中で、蘭子さんが
動く気配も。


「さあ、美咲」


促されて、ドアの前から
歩き出す。


廊下を歩き、エレベーターで
一階に降り。


エントランスを抜けて外に
出てからも、瞬也は一言も
口をきかなかった。


あたしもそれにあわせて
いたけれど、少し歩いた
ところでとうとう我慢
できなくなって瞬也に
話しかける。


_「蘭子さん、やっぱり
妨害するつもりなのかな。

会社にも、圧力を……」


「……オレにもわからない。
今は、まだ。

だけどもしそうなっても、
オレの気持ちはさっき蘭子
さんに話したとおりだよ」


一度は離れていた手を、
瞬也が再び握ってくれる。

グッと込もる力が、瞬也の
決意を伝えてくれていた。


「――うん。そうだね」


その思いはあたしも同じ。


そうだ――今からウジウジ
してても仕方ない。


あたしは決めたんだ。

穏やかな毎日に安穏と
浸かる生活は、もうおしまい。


_本当の幸せは、そんなこと
じゃ掴めない。

一日一日を必死に、
戦いながら生きる。
その先に幸せがあるって、
わかったから。


(里中美咲、一世一代の大勝負。

どーんとかましてやるか……!)


瞬也の大きな掌をしっかりと
握り返して。


あたし達は北風の吹き抜ける
歩道を、並んで前に進んで
いった――…。







     ☆☆☆☆☆


_     ☆☆☆☆☆




―――――一年後――…。



「美咲、明日の参加メンバーの
リスト出来てないの!?

見当たんないんだけどっ」


PC画面を睨みながら、奈々が
軽く焦った声で問いかけてくる。


あたしは、その明日お世話に
なる会場の業者宛のメールを
作る手を止めて、


「―――え?

そんなわけないでしょ、
できてるわよ。

あ、そう言えば瞬也が
フォルダ整理したって
言ってたけど――…」


「はぁっ!? それでか~!

もぉっ、あたし聞いて
ないよーっ」


「ゴメンゴメン。

瞬也、多分もう少し戻らない
から、とりあえず検索して
自分で探して」


_苦笑しながら謝ると、奈々は
ブツブツ文句を言いながらも
渋々PCとの睨めっこに戻った。




―――都内某区の、小さな
テナントオフィス。


今ここにいるのは、奈々と
あたしの二人だけ。


と言ってもここの従業員は、
今不在のもう一人を足せば
それで終わってしまう。


つまりここは、従業員たった
三人の、小さな小さな
オフィスなんだ。




本当の瞬也を知り、一緒に
居ようと誓い合ったあの時
から、ちょうど一年が過ぎた。


蘭子さんはきっと色んな
手を使ってあたし達を邪魔
してくるんだろうと思ってた。


_だけど意外にもそれが
現実になることはなく、
蘭子さんからの妨害や
圧力は、一切なかった。


ピュアスプリングとホワイト・
マリッジの提携は予定通りの
形で進み、ピュア・スプリングは
大きなバックアップを得て、
事業安泰。


あたし個人にも何ら手が
まわされることはなくて、
それまでと変わらず、普通に
仕事を続けていけそうな
状況だった。



―――だけど、年が明けて
冬が終わり、桜が咲き始めた頃。


あたしは決意して、自分から
会社を辞めた。


もちろん辞める必要なんて
なかったけど――でも瞬也と
結ばれて、あたしの心にも
新しい変化があったんだ。


_出会い提供の仕事は、
あたしにとって大好きで、
大切な仕事。


組織の一員として、決められた
枠の中で頑張るのもいいけど――
でももっとお客様に近い形で
触れていける場所を、自分で
作るのもいいかもしれないって。


それに、あたしは今まで
通りだけど、瞬也は
そうじゃない。

あくまで自分で辞表を出した
瞬也は、もう戻ることは
できないから。


……瞬也と一緒に仕事がしたい。
そういう思いも、強かった。


だからあたしの気持ちを
瞬也に話したら、瞬也は
『美咲が本気で望むこと
なら、とことんやればいい』
って賛成してくれて。


_そうして、会社を辞めた翌月。


あたしと瞬也が二人で立ち
上げた、出会い斡旋サークルが
始動した。


驚いたのは、さらにその
翌月には奈々までも会社を
辞めて、あたし達の仲間に
なってくれたこと。


あたしが会社を辞める前に、
奈々には全てを打ち明けて
理解してもらってた。

そうして瞬也と起業することも
話したら、奈々は、


『あたしも、美咲達に
加わろうかな。

なんか、自分達で作り
上げる方が楽しいし。
あたしも本気でやって
みたくなってきた!』


そう言って、あれよあれよと
言う間にこっちへ
来てくれて――…。


_

あれから一年。


前はあたしの仕事は集客
オンリーだったけど、今は
集客も、パーティーや
お見合い、コンパの企画
まで全部自分達でやってる。


大変なことも山のように
あったけど、事業は有限会社
として安定し、サークル
会員数もずいぶん増えた。



「色々あったけど……
やって、よかったな」


メールの送信ボタンを
押して小さく息をつくと
同時に、ついポツリと声に
出すと、奈々が顔をあげた。


「え、何? なんか言った?」


「ううん、何でもない」


「……そう? ていうか
何ヘラヘラしてんのよ?

柚木のこと考えてほうける
のはまだ早いわよ!?」


_「失礼ね、そんなんじゃ
ないわよ!」


……まぁ、半分は
当たってるけど。


「ほら、会社始めて
ちょうど一年くらいでしょ。

だからちょっと、色々
思い出してたの」


バツの悪さをごまかすように
早口で話していたら、耳に
小さく音が響いてきた。


ここは安ビルだから、
廊下の音がけっこう響く。

だからすぐにわかった。


これが、耳慣れたいつもの
足音だってことが。



「……お、予定より早めに
お戻りみたいね」


奈々も気づいて『ラッキー』と
指を鳴らす。

どうやら行方不明のファイルは
まだ見つかってなかったらしい。


_「会場と移動経路の下見、
特に問題なかったってことかな」


「恐らくね。

まぁ当然よ。あたし達が
連日歩き回って探してる
いい会場なんだから」


フフッと笑いながら言った時、
ガチャリと音を立てて
ドアが開いた。


その先には、スーツの上に
トレンチコートを羽織り、
アタッシュケースを右手に
持った長身。


整った顔立ちに長めの黒髪が
ドキッとするほどカッコイイ
風貌。


メガネはかけていない。


今の瞬也には、素顔を隠す
ダテネガネは、もう必要
ないから。


_「――ただいま。

どうしたの美咲、マジマジと
オレ見て」


ドアの前でキョトンと首を
かしげる瞬也に、あたしは
少しだけはやる鼓動を抑えて
言った。



「何でもないよ。

―――おかえり、瞬也」








         ☆END☆


_
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