ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
9 不本意な同居の、断り方
     ☆☆☆☆☆



目が覚めて、隣で眠る姿を
見て、知らず知らずのうちに
長いため息が漏れる。


――やってしまった。文字通り。


スーツを着て、眼鏡をかけて、
いつも同じオフィスで
仕事をしてた柚木クン。


その彼が今は、一糸まとわぬ
姿で、あたしの横で眠ってる。


全体的に色の白い肌。

細身で、ぜい肉なんて1%
すらなさそう。

でもヒョロヒョロって
いうんじゃなくて、スポーツ
でもしてたのか、鍛えて
ある感じ。


眼鏡はもう、夕べあたしの
前で外してからずっと
かけてない。


_その顔を見るようになって
から、彼の目が切れ長だけど
クッキリした綺麗な二重
なんだってことを知った。


その目も今は閉じられ、
長いまつげがかかってる。


鼻筋はスッと通ってて、
薄い唇は形がよくて――。


(改めて見ると……こんなに
綺麗なコだったんだな……)


前から知る“柚木クン”とは、
もうまるで別人のように思えた。


この人と……“瞬也”と、
あたしは夕べ、寝てしまった。


何度も何度も求めて、声が
枯れるほどあられもなく叫んで。

自分でもあんなふうに
なってしまうなんて、
思ってなかった。


_越えてしまった一線。


あたしは彼の、上司なのに。


(前のあたし達に……
戻れる……?)


静かに眠る横顔に、無意識の
うちに指を伸ばすあたし。


頬にかかる黒い髪にそっと
触れようとした、まさに
その時――…。


――ピリピリピリピリッ!


突然部屋に鳴り渡った電子
音に、あたしは飛び上がり
そうなほど驚いた。


「えっ……なっ、何っ?」


携帯か時計のアラーム
みたいに聞こえる。

けど、あたしには全く身に
覚えのない音。


ホテルの部屋だから周りは
馴染みのない物ばかりだけど、
でも勝手にアラームが
鳴るわけもないし……。


_「ということは……」


呟いたのとほぼ同時に、
あたしの隣で柚木クンが
ムクリと起き上がった。


そして、寝起きとは思え
ない落ち着き払った顔で、
上半身だけを伸ばして
サイドボードに置いて
あった彼のバッグを掴む。


中から携帯を取り出すと、
ボタンをピッと押して音を
消した。


「アラーム……?」


電話やメールじゃなかった
ようだからそう聞くと、
彼はコクリと頷いて、


「7時のアラーム。

あ、ちょっと静かにしてて。
今からモーニングコール
しないといけないから」


「――――は?」


_モーニングコール? 
――って、誰に?


ポカンとするあたしの横で、
柚木クンは短いボタン操作で
発信し、携帯を耳に当てる。


しばらくの沈黙の後
応答があったようで、


「あ、もしもし千晶(チアキ)?

――うん、おはよう。
ゴメンね、昨日結局帰れなくて。

ん? そうだよ、会社。
……うん。そう。

じゃあ、千晶も仕事頑張って」


ひとしきりそんなことを
話してから、柚木クンは
怖いくらいの無表情で
通話を切り、携帯を枕元に
放り投げた。


(ちょっと待ってよ……
何、今の?)


千晶? って、女の名前だよね?


_それに、昨日帰らなくて
とか会社とか――一連の
言葉から思い浮かぶのは、
何とも腹立たしい疑惑。


「……今の、誰なの?」


あたしは極力平静を装った
声で聞いてみた。


すると柚木クンはチラリと
こっちを見て、平然とした
顔で答える。


「ん? オレの同居人。

っていうか、飼い主かな」


「……………は?」


飼い主? 何、それ?


「毎朝起こすのがオレの
仕事なんだ。

だから、一緒にいない
日にはモーニングコール。
これ忘れると怒られるから」


「そっ、そんなことは
聞いてないわよっ」


装った平静はつかの間、
あっという間に上擦った
声をあげるあたし。


_起こすのが日課だとか、
そんなことはどうでもいい。

あたしが聞いてるのは
そんなことじゃなくて――。


「“千晶”って、女の人
じゃないの?」


「そうだよ。30歳独身、
ネイルサロン経営者」


(30歳!? 
あたしよりも年上……)


「それって……恋人なん
じゃ……」


黒い疑惑を乗せた低い問い
かけにも、返ってきたのは
拍子抜けするほどあっけら
かんとした声だった。


「恋人ね。そうとも言うかな。
少なくとも向こうはそう
思ってるし。

オレにしてみれば、住むとこ
提供してもらってる代わりに
奉仕してる、って感覚だけどね」


_「なっ…………!?」


怒りがフツフツと体の奥
から沸き上がってくる。


けど何とかそれを押し
とどめて、最後の確認をした。


「今の電話……会社だとか
言ってたのは……?」


「ん? そりゃもちろん、
仕事でオフィスに泊まり
込みってことにしたんだよ。

まさか、別の女と寝てる
なんて言えるわけないじゃん」


「――――――!!」


バチーンと、特大の頬を
打つ音が、朝日の差し込む
室内に響き渡る。


彼の頬を打つのはこれが
二回目だけど、前回なんか
比じゃない大音量。


そして服さえ着てたら
ベッドに仁王立ちになりたい
気分で、あたしは叫んだ。


「――最っ低!!」


_「った――何だよいきなり!?

顔に跡でも残ったらどうし――」


「知らないわよそんなのっ!!」


本当に、最低最悪の気分だ。


つまり、昨日あたしを
抱いたコイツは、彼女持ち。

しかも同居までしてて、
その人に嘘ついて、あたしと
一晩過ごしたってこと。


それじゃあ、彼が夕べした
ことは――拓巳がしてた
ことと、一緒じゃない。


「最っ低よ……!」


もう一度搾り出すように
叫んで、あたしはシーツを
体に巻きつけてベッドを
飛び出した――…。





     ☆☆☆☆☆


_     ☆☆☆☆☆



会社では、一言も口を
聞いてやらなかった。



始業直前に出勤してきた
彼の頬にはうっすらと赤い
跡があって、みんな訝しんでた
けど、あたしは気にもしない。


だってアイツが悪いんだ。
自業自得。苦労すればいい。


奈々なんかは

『どーしよ、接客させらん
ないんだけど!
でもあれナニ!? 絶対手形
だよね? 超気になる~っ』

とか逆に面白がってたけど、
あたしは苦笑する気にも
ならない。


とにかく徹底的にアイツを
見ないようにして、挨拶の
『あ』すらしなかった。


それでも怒りは収まらなくて、
終業時間になると残業も
パスして、即効オフィスを出る。


_一瞬《Moon Drop》でウサ
晴らししようかと思ったけど、
よりにもよって昨日アイツと
いた店じゃ意味がないと
気づいて、予定変更。


一旦家の近所まで帰り、
駅前で雰囲気のよさそうな
バーを探して、一人で
2時間くらい飲んでた。


すっかり酔って千鳥足に
なりながら、家へと帰り
着いたら……。



――エントランスから少し
離れた所に立ってる人影を
見て、あたしは冗談じゃなく
またもやバッグを落とす。


「な、なんでここに……っ!?」


「遅いよ。もうちょっと
帰って来なかったら、
危うくこっちが不審者で
職質されるところだ」


_風よけのためかコートの
襟を立て、目を細めて少し
怒ったような顔をしてる長身。


眼鏡は、かけてる。

口調を作る気は、もう
すっかり無いようだけど。


「ま、美咲のことだから
どうせヤケ酒飲んでる
だろうし、これくらいの
時間だとは思ってたけどね」


「―――――!」


状況はわからなくても、
言われたことは図星で
カチンときた。


ええ、どうせヤケ酒
あおってたわよ。

でもそれもこれも、全部
あなたのせいじゃない。


「どうしてここにいるのよっ。

ってゆーかなんであたしの
家がわかったの!?」


_金切り声で聞くと、歩いて
きてあたしの前に立った
柚木クンは、


「会社にいるうちに人事部で
調べといた。

住む家がなくなったから、
責任とってもらおうと思って」


「は―――…!?」


あたしは目が点になる。


何を言ってるのコイツは?
サッパリ意味がわからない。


ア然とするあたしに、柚木
クンはかすかに眉をひそめると、


「しらばっくれる気?

美咲がオレをひっぱたいたり
するからだろ」


そう言って、あたしが今朝
叩いた自分の左頬を指差す。


「これのせいで、家に帰れない。

ていうか結局流れで喧嘩に
なって、マジで追い出された」


_(家に帰れない?

追い出されたって……
つまりあの、“千晶さん”の
家をってこと――?)


「どうしてよ? 跡なんて
もう消えてるじゃない。

それに喧嘩って、いつ
その人に会ったのよ?」


「消えてないよ。よく見てみろ」


つっけんどんに言われて、
あたしは渋々ながらも彼が
指差す辺りを注意深く見つめた。


すると――…。


「あ…………!」


傷ができてる。

頬骨の辺りに、横に伸びる
微かな赤い筋が、一本。

ちょうど眼鏡のフレームの
下だから、眼鏡をかけてれば
わかりにくいけど……。


(あたし、爪で引っかい
ちゃってた……?)


_どうやら知らないうちに、
あたしは彼にこんな傷を
負わせてしまってたらしい。


「一日二日じゃ消えないよ。
千晶は鋭いから、こんな顔
見せられない。

それでしばらく帰らないって
連絡入れたんだけど――」


柚木クンはそこで一度言葉を
切り、大きくため息をつくと、


「ぶっちゃけ前から、オレの
素行不良は疑われてたから。

急にどうした、浮気じゃ
ないのかって責められて、
勝手に有罪にされちゃったよ。

“私が嫌なら帰ってくるな”
だってさ」


「だってさ、って、
あなたね……」


勝手にも何も、実際あなたは
クロじゃない。


_話を聞く限り別に全然
あたしだけのせいでも
ないとわかって、少しだけ
安心する。


つまり元から浮気を疑われる
ような状況だったなら、
そんなのはやっぱり、柚木
クンの自業自得だ。


「知らないわよ。泣いて
謝って、許してもらえば」


あたしは冷たく言い放って、
柚木クンを振り切り前に
進もうとした。


ところが柚木クンも全く
引かず、素早く動いて
あたしの進路を封じると、


「そんなのはゴメンだよ。

だから言っただろ。美咲が
責任を取ればいいんだって」


「はっ!? だからそんなの
あたしの責任じゃ――…!」


_「美咲のせいだよ。

オレがあの家に帰りたく
ないと思うような顔を
見せるから。

それが全部、悪いんじゃないか」


「え―――…?」


意味ありげなセリフに
ドクンと胸が躍り、動揺する。


その一瞬の隙を逃さず、
柚木クンはいきなりあたしの
腕を掴むと、シレッとした
口調で言った。


「寒いよ。とにかく中に入ろう。

部屋は502だっけ?」


グイグイ引きずられるように
歩き、オートロックも有無を
言わさぬ眼光で睨まれ、
開けさせられる。


そして数分後には――
あたしの部屋のリビングで、
当然のような顔をして
ネクタイを緩める、ただの
後輩だったはずの男。


_「服や私物は週末にでも
取りに行くから、とりあえず
身の回りの物だけ貸してね」


当たり前のように言われて、
あたしはたまらず叫んでた。


「ちょっ……冗談でしょ!?

ホントにここに住む気!?」


仕事仲間と同居なんて
できるわけない。

しかもこんな男と。


「だからそうだってば。

オレ、けっこう役に立つよ?
料理もするし、綺麗好きだし」


「ふざけないでっ。

一緒に住むなんてできる
わけないじゃない!」


叩きつけるように言うと、
柚木クンはさも心外という
ように顔を曇らせて、


「なんで? セックスまで
した仲なのに」


_「だ、だってそれはっ……」


言ってみれば、一夜の過ち。


自暴自棄になってたあたしに
胸を貸してくれた男に、
ちょっとほだされて
しまっただけのことだ。

大人なんだから、時として
そんなことだってある。


だけどそれでも――あれは
あたしにとって、決して
軽いセックスじゃなかった。


それなのに――…。


(その相手だからこそ、
一緒になんかいれないん
じゃない……!)



―――傷ついてない、
わけがない。


失恋したあたしを受け止めて、
『泣けばいい』なんて、
優しく言ってくれた人が。

_とろけるくらい溺れさせて、
もしかしたらこのまま失った
恋の痛みを忘れられるかも……
なんて、かすかな期待を
抱かせてくれた人が。


それが――実は別の女と
同棲してるような男で、
翌朝には目の前で本命に
モーニングコールしてて。


結局あたしと寝たのはその
程度の気持ちだったんだって、
見せつけられて――…。


(お門違いだってわかってても、
ショックなのよ。

実際そうなんだから、
仕方ないじゃない……!)


ほら。今もまた、チクチクと
胸が痛い。


こんなふうに話してたって、
近づいたのはカラダだけ。


あたしには柚木クンの
考えてることが、さっぱり
掴めないよ。


_「あたしを“千晶さん”と
一緒にしないで。

とにかく、無理よ」


料理ができたり朝起こして
くれるってだけで、隣に
男なんていらない。


ましてや柚木クンが言う
ように、その見返りの
“奉仕”として接される
なんて……。


(そんな関係……あたし
には……)



『出て行って』とキッパリ
告げて、離れなきゃいけない。


きっとそれが最善だと考えて、
あたしは軽く拳を握り、
柚木クンの顔を見ようとした。


だけど次の瞬間――全てを
バラバラに崩してしまう
熱いキスが、あたしの唇を奪う。


_「んんぅっ……ぅんっ」


「……一緒になんかしてない。

むしろ、全然違うんだけど」


キスの合間に囁く声は、
らしくないほど妙に熱っぽい。


「ん……やっ……。
いい加減なこと、言わな……」


「本当だよ。

オレ、見返りなしの
セックスは基本しないんだ。

だけど美咲のことは、自分
から抱きたいと思った。

そんな感覚は、けっこう
久しぶりだったんだよ?」


「……………っ」


調子いいことばかり。

そんな言葉、どこまで
本当だかわかりゃしない。


信じちゃダメだ。

でないとあたしはきっと、
とんでもない罠にはまってく。


_心はそう、警鐘を
鳴らしてるのに。



……押さえ込まれた体は
情けないほど力が入らず、
もうほとんど、意識も
鮮明さを失っていた。


深い海のようなキスに
溺れながら……

あたしはいつの間にか、
瞳を閉じてその甘いキスに
酔いしれていた……。





     ☆☆☆☆☆


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