HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「好きな子、ですか……」
久米が好きな女の子……それはきっと雅のことに違いない。
僕は彼の言葉に苦笑いしか返せなかった。
話が変な方に逸れてしまったので、僕は帰ることにした。
結局、久米があの夜、僕のマンションの前に何故来ていたのかは謎なままだったけれど。
お父さんもそれについては何も知らないようだったし、話を聞いていると無断外泊や不自然に帰宅が遅くなることもないようだ。
だけど、ただの偶然では片付けられない気がする。
帰る旨を伝えると、彼はわざわざ僕を見送りに来てくれた。
「また何かあったら教えてください」と丁寧に頭を下げられ、僕の方も慌てて腰を折る。
ふっと目を上げた瞬間、壁に掛かった一枚の絵画が視界に飛び込んできた。
不思議な絵だった。
暗い木々……いっそ森と言っていいほど鬱蒼と茂った茂みの上にはまるで血を垂らしたような鮮明な赤色の空が広がっている。
一種異様とも言える光景を見て目をまばたいていると、
「ああ、それ。冬夜が描いたんですよ。あいつ美術は得意な方みたいで」
とお父さんが照れたような笑顔を浮かべて頭を掻く。
「冬夜くんが……すごい…まるでプロの画家みたいだ」
実際その絵は良く描かれていた。
絵のことなんかまるきり分からない僕にでも、素人が描いたとは思わない出来だったから。
それに良く見ると、空は赤一色をべったりと塗ってあるわけではなくオレンジや黄色なんかも織り交ぜて、光の屈折や雲との明暗もしっかり描かれている。
「親バカでしてね。やっぱり我が子が可愛いもので、冬夜がこうしてきれいな絵を描くと飾ってるんですよ。まぁ、かと言って患者さんは気にもしませんが」
とお父さんは苦笑い。
「本当にきれいな絵ですね」
「先生にそう言ってもらって嬉しいですよ。まぁ芸術の点についてはあれの血を多く継いでるんでしょう。元妻も絵を描くことは好きみたいでした」
お父さんは、はにかみながらちょっと笑った。