HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
でもそれならば、何故雅に申し出ない。
全てを話して、関係者全員に気をつけるよう説明した方が早いし、確実だ―――
それは直感だった。
ピンとくる。なんて言葉、今まであまり覚えたことがなかった。
どっちかと言うと『鈍感』とか『天然』とかよく周りに指摘される。
だけど
愛する人がストーカーなんて恐ろしい被害に遭っていたなんて言う事実を突然に突きつけられ、
混乱するどころか、僕の頭は妙に冴え渡っていた。
何か大事な事柄が一直線に繋がった感じ。
これで雅のあの不自然な距離感を少しは縮められた気がする。
同時に、気付いてあげられなかった自分に嫌気が差したが、今悔やんでいても仕方ない。
今は現状をどうするべきか、考えるべきだ。
この直感を信じるべきだ。
頭の中で一つの横線がまっすぐに浮かび上がり、赤く点滅した点が二箇所に浮かび上がった。
「アポロニウスの定理」
「は?」
まこが目をぱちぱちさせて、きょとんと僕を見下ろした。
それは教科書にも載っていない定理だ。
だけど“あのとき”ちらりと見えた。
雅の教科書に走り書きされた、あの定理。
【AP≠BP】
あれは雅の字と違った。
「2定点A,Bをとって、点Pに繋げてAP:BPが一定となるようにしたときの点Pの軌跡だよ。
一定に動かすと、点Pは円を描く。ただしAPとBPは≠(ノットイコール)」
「何だよ、それ。こんなときに授業か?」
まこが呆れたように肩をすくめ、僕はそんな彼の両肩を掴み勢い込んだ。
「違う!これは、つまりは久米は彼自身の何らかの事情があって、雅に打ち明けられないんだろうってこと。
でも、その何らかの事情は少なからず二年前の事件に関係している」
異なった点は一つの点と繋げることで、動かすことで、きれいな円を描くことができる。
久米の隠された本心―――
雅も知らない事実。
それが線を結び、やがてはそれ自体が始点になり、それよりも大きな円を作る。
「つまりは、このストーカー事件は単純に鬼頭を追い回してる変質者の仕業だけではなく、その裏に、他のなんらかの事情が絡み合ってるってことか?
何か意味があるってことか?」
まこが目を開いて息を飲み、今度こそ僕は、はっきりと頷いた。