HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
その後、梶田の母親が彼を迎えに来て、母親は僕にしきりと頭を下げ何かを言っていたが、その言葉すら耳を通り抜けていく。
それでも反射的に、
「また彼から詳しく話しを聞くかもしれませんが、そのときは宜しくお願いします」
と返していた。
「先生、大丈夫なのかよ…」
梶田が少し不安そうに僕を見上げ、僕は苦笑を漏らして、
「大丈夫だ。ありがとう。気をつけて」
とだけ返した。
“大丈夫なのかよ”と聞いてきた彼の方が全然大丈夫そうには見えなかった。
未だに雅から放たれた言葉を受け入れられないのか、困惑の表情を浮かべている。
“捨てられた”のは僕だけではないのだ。
彼が母親と立ち去っていく姿をまこと見送り、彼らの姿が視界から消えると、
「お前、一人で帰れるか?」とまこが聞いてきた。
梶田の様に困惑の表情は浮かべていない。少し心配そうに眉を寄せてはいたが。
「子供じゃないし大丈夫だよ。ってかまこは?送ってくよ、雨も降ってるし」
「気遣いはいいって。俺はちょっと用を思い出したから、タクシーでも拾う。お前はとりあえず家に帰れ。
酷い顔―――…してる」
そう言われて僕は今どんな表情をしているのだろう。
ここには鏡がないし、姿を映す硝子もない。
まこには心配されたが、改めて僕自身、自分の姿を見なくて良かった―――そう思う。
「ここまで付き合ってくれてありがとう。気をつけて。僕は一服してから帰るから」
廊下に並んだ長椅子の脇に置いてあるステンレス製の汚れた灰皿を目配せして、僕はタバコを取り出した。
「ああ、お前も気ぃつけてな」
まこはちょっと心配そうにしていたが、よっぽどの用があったんだろう。
急ぐように走って行った。