HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
僕が意味もなく昇降口付近に居るのはちゃんとした理由がある。自然を装って生徒たちの群れを眺めながら、時折制服などの校則違反をちょっと注意したり…
そうしているとき、雅と久米が手を繋ぎながら登校してきた。
久米と手を繋いでいる雅は手を繋いでいるにも関わらず相変わらずけだるそうにしている。
一方の久米の方は何やら楽しそうに雅に話しかけていた。
雅たちが近づいてきて、僕との距離が数メートルと言うところで、雅が僕の存在に気付いた。目が合った瞬間、ドキリと胸が強く鳴る。けれどそれはすぐに終わってしまった。
逸らされた視線。絡まることない視線に、今度はズキリと胸が痛んだ。演技とは言えちょっと心臓が痛い。
それでも何でもない風を装って、僕は彼女たちとすれ違った。
すれ違い様に、
「鬼頭、ネクタイはしめなさい」と小さく注意して出欠簿で頭をぽん。
雅は無表情で顏をちょっと上げると
「分かりました。でも皆だってしてないよ」
と口ごたえ。
「校則違反だ」と僕が“教師の顏”で真剣に注意すると、
「はい」
雅は小さく頷き、目的を果たした今、僕は職員用の昇降口に向かった。
昨日の…会議の後、雅と話した内緒話。これが僕たち二人だけの
暗号だ。
『ネクタイはしめなさい』は
――好き
僕が気持ちを伝えると
『皆だってしてないよ』は
――あたしも
彼女は返してくれる。
『校則違反』は
―――愛 し て る
他の生徒にも小さく注意していたことだから、今更雅のことを注意したからと言って誰も不思議がる様子は無かった。そのことにちょっとほっとするも、こんな風にこそこそ気持ちを確認し合うのは、
寂しい。
今までだって教師と生徒と言う、禁じられた間柄だったが、いつも以上に距離を感じた。けれど、僕は信じてる。
彼女の言葉『皆だってしてないよ』―――あたしも
その言葉を。