HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
車を走らせてすぐに雨が降り出した。通常なら濃紺の色が占める空が、今はどんよりと重いくすんだ灰色が支配している。
今朝見た降水確率は50%だったから、別に雨が降ろうと不思議ではない。けれど、次第に大粒で激しくなる雨音が車体を包み、ワイパーを動かす音が逆に車内を満たす静寂を更に誇張しているかのように思えた。
その静寂を打ち破ったのは結ちゃんからだった。
「あたし―――……先生の元カノの代わりになりたいと思った。
はじめて―――誰かの代わりになりたいと思った。
今まで、誰かの代わりなんて絶対イヤだったのに……」
「誰だってそうだよ。誰かの代わりになりたい人間なんていない。そもそも人は誰もが代わりをできるものではない。どんな状況にいても」
でも、結ちゃんは―――代わりになってもいい、と思ったのだ。それほど強く―――僕のことを想ってくれてるのだ。
そのことに少し驚いたが、同時に申し訳なさが押しつぶすように迫ってきた。
「何か……“シェルブールの雨傘”みたいだね」
結ちゃんが窓の外の雨音に耳を傾けながら、窓にくっついた雨粒の一つ一つを数えるように指を這わせぽつりと言った。
「シェルブール……ああ、古いフランス映画の…」
僕は内容まで見てないが、映画の最中に歌われるあの曲は今もあちこちで耳にする。でも何でそんな話題が突如としてひっぱり出されたのか分からない。
「あの話さ、悲恋なんだかハッピーエンドなのかどっちかわかんないよね。純愛でもあるけど、結構ドロドロもしてて」
結ちゃんは寂しそうに笑った。
悲恋…ハッピーエンド……純愛…ドロドロ…
僕は映画を観てないから何とも答えられない。
でも、ただ雨が降ってるから『シェルブールの雨傘』と言い出した以外に何か意味がありそうだ。それも、彼女の心情を現すものだろう。
「でも何でかなぁ
大好きなんだ…
何回も見たけど、何回見ても泣ける。
悲しいのか、嬉しいのか、どっちか分かんないけど、泣けるんだ」
こつん、と窓に額を預け結ちゃんは力なく笑った。