揺れない瞳
「あー、ごめんごめん。私が勝手に結乃を心配してるだけ。まさに母親、ううん、父親の気持ち。
この間は央雅くんとの関係を進めてみなって言っておきながら、いざ甘い言葉にほだされてる結乃を見て心配になっただけだから」
加絵ちゃんは、歩くスピードを落として、諦めとも思える苦笑と共に私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「まあ、央雅くんが悪い男じゃないってのはわかってるけどね。
とにかく結乃が心配なだけ。
ちゃんと私も央雅くんと仲良くするから安心していいよ。
さ、せっかくの初訪問なんだから可愛い笑顔を央雅くんに向けて、もっとメロメロにしちゃえ」
「メロメロって……そんなんじゃないし……」
照れる私の言葉をあっさりと無視した加絵ちゃんは、慣れた足取りで目的のお店に向かっている。
この辺りの地理に詳しくない私は、ひたすら加絵ちゃんについていくだけ。
初めて歩く住宅街は、既に日が落ちていて、いくつもの街灯の灯りに包まれていた。
「もうちょっとで見えるよ」
「あ、うん」
初めて行くのは、央雅くんがバイトしているお店。
央雅くん曰く、『住宅街にひっそり光る美術館のような居酒屋』
その形容だけで心は惹かれるし、央雅くんが働いているのなら尚更
『行ってみたい。……だめ?』
そう聞かずにはいられなかった。