土曜日の図書館
掴んでいた腕を離し、本当は強いけど一見か弱く見えるその手をぎゅっと握った。
きゅっと身体を縮める彼女が小動物に見える。


「…私も話したいです。小澤さんのことも知りたい…です。」

「うん。今日は時間あるの?」

「はい。」

「じゃあ勤務終わったら迎えにくるから…図書館内にいて。」

「…分かりました。」


俯きながら了承する彼女が本当にただの可愛い『女の子』に見えるから不思議だ。
あの異世界の中では勇ましい女剣士だった、その事実の方が疑わしい。


俺は彼女の手を握ったまま、あの旅を反芻する。


『土曜日の図書館』に眠る『本』は確かに、『別の場所』へと繋がっていた。


未知なる冒険の待つ、新しい世界に。


今、俺もこの現実の中で新しい世界に一歩踏み出そうとしている。
…恋の始まりは、今。
この手を握ったその瞬間に始まっている。


「凜って名前、ピッタリだよね。」

「いきなり何の話ですか?」

「真っすぐな瞳も、剣を持ったその姿も凜としててさ。」

「小澤さんだって名前のままじゃないですか。」

「え?」

「あの世界で竜と風は一体でした。あの風は小澤さんが作ったんですよ。
さっと吹く風は優しくて温かい…。まるで小澤さんみたいです。」


そう言って小さく微笑んだ彼女に心臓が一度大きく音を立てる。
…まだまだ始まったばかり。だけど終わらせる気なんか微塵もない。


「じゃ、あとでね、凜。」

「図書館で待ってます。…颯、さん。」


彼女は消え入りそうなほど小さな声で俺の名を呼んだ。


*fin*

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