失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「んぁ…」

僕は痛みにたまらず

湯船から立ち上がった

「傷がしみるのか…そんな声を出す

とまた犯されるぞ」

彼がまた意地悪く囁く

「あなたが傷口開いたんでしょ」

僕は少し怒ったように言う

でも話から受けた衝撃が少し和らぐ

湯船の縁に腰掛け

足だけ湯船の中に入れた



「…そんなことが…あったなんて」

そんなありきたりのことしか

言えない自分が歯がゆい

僕の位置から見おろすと

彼の足首から先のない右足が

湯の中ではっきり見えた

それを正視出来ず僕はうつむいた

「右足を少し引きずっていたのは…

わかってたんだ…昨日車で壁にぶつ

かった時に足を痛めたのかな…って

思ってた」

彼が呆れたように言った

「また車を壁に激突させられた…君

は車を壊すきっかけの天才だな…車

には一年近くトラウマで乗れなかっ

たんだぞ…まあ仕方ない…あれしか

とっさに思いつかなかったからな…

それに今度は自分の車じゃないし」

「僕の父親は車の修理工だから…」

僕はとっさにそんなことを言った

「気味の悪い符合だ…親孝行もたい

がいにしろよ」

彼が面白そうに毒づいた



親孝行って…

とんでもない親不孝なのに


急に両親のことが頭をよぎった

胸が詰まる

僕を探してるだろう

警察には届けたんだろうか?





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