失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



彼は僕の凍りついた顔を見て

嬉しそうに目を細めた

「愛しているのか?…君があのとき

私を好きになったようにね…ああ…

あれはストックホルム症候群だった

な…では君はまたその症候群にかか

っているのかな…脅されて犯されて

辱しめられても君は憎悪でなく愛す

る方をいつも選ぶ…君は憎悪なんて

いうどす黒い感情には耐えられない

からな…君は気丈だ…それは私も認

める…だけどそれは何に支えられて

いたから耐えられたのかな」



言葉はとても静かだった

だが彼の目の中には

激しく暗く赤い光が宿っていた


「撮っ…て…たん…だ…」


盗聴器で聴かれ

その上…映像…ま…で

まだ彼の脳裏にはあの男が僕を

ベッドで激しく犯している映像が

灼きついていて…

「じゃ…あ…みんな…刑事さんたち

知ってるんだ…僕に…僕に訊かなく

ても…わかってるんだ…なにされて

たか…みんな…あなた…も…」

耐えられず脱力した首が

横を向いて倒れた

彼から目が反れていった

彼の長い指にこめかみが当たった

彼の指はとても冷たく

頭の中まで痺れるようだった

彼は顔色ひとつ変えず言った

「君の証言であの映像の裏を取る…

君の証言だけ…ではないがね」

彼は思わせ振りな言い方をした

そして少し首を傾げる彼の姿が

目の端に映った

「今日あの男に会った」

(もうやめて)

僕は目を閉じた

どうしようもなく切なすぎて

閉じた目に涙がにじんできた





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