失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「我々は必ず会うことになっていた
んだよ…あの男が逮捕された時から
それは決まっていた…あの取り引き
の一部始終を見た私があの男の供述
を取調室で直接聞くというプロセス
なしにこの事件の全容は調書になら
ない…なぜならあの取引き先のサデ
ィストの殺人罪とヤクの密売の立件
がかかっているからだ…あのサディ
ストを立件に持ち込み絞首台に送る
のにあの男の証言は極めて重要だか
らだ…私はあの男としばらく顔をつ
き合わせ仕事をすることになる…君
を飼い慣らし何ヵ月も犯し続けた男
とな…」
僕は目を開けて彼を見ることが
出来なかった
それが僕にも彼にも
あの男にも残酷過ぎて
「また泣いているのか…誰のために
君は泣くんだ?…悲惨で苛酷な自分
の運命のためだけに泣いて欲しいな
ヘンデルの歌曲のようにね…他の男
のためでないことを心から願うよ」
そして彼は唐突に黙った
ため息をひとつ吐き
冷たい指で僕の涙をぬぐった
そんなことしたら…
ぬぐわれたよりもずっと沢山の涙が
溢れて流れた
彼は身体を起こして僕の頭を撫でた
「この10日…キツかったな…君が私
の前にとんでもない現れかたをして
ギリギリの選択を迫られて…足の切
断なんかよりずっとキツかった…だ
が君の状況は私の辛さなど比較には
ならない…君を責めるのは…ただの
八つ当たりだ…でも今日は…」
彼はまたひとつため息をついた
「今日は…少し正気じゃなかっ…た
仕方がない…君が愛したかも知れな
い男と狭い取調室で一緒にいたんだ
私の嫉妬深いのは君も知っての通り
だろう?」
彼は僕の頬にキスした
僕の目からまた涙が溢れた