失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「…わかりました」

そう言いながらも僕は

今この場から逃げてしまいたい

という衝動に駈られた

だが身体は固まったままだった



僕の了解を聞き

彼の父親は深くうなづいた

そして次の言葉のために息を継いだ



「君のお兄さんは…いまある病院に

入院している」



まさ…か…

そんな…



僕は息が止まりそうになった

だがその次の言葉は

まるで死神が命を刈るように

僕の思考そのものを奪っていった



「そして記憶を…失っている」





ああ…

神さ…ま…



なぜ…?



なぜ兄に…こんな…

こんな…むごい…



むごい仕打ちを…




「…や…めて…」



耐えきれず両手で耳を塞ぐ

もう誰も話していないのに




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