失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




額に突き刺さるイバラの冠

手足を貫く太く長い釘

それらから流れる…血




その姿は

どうしても

兄の姿にしか

僕には

見えない

あの日も

今も





そうなんだ

僕にとって祈ることは

悪夢の中の

血を吐くような儀式

なんだ




その瞬間

僕の頭の中に

思い出したくない光景が

まるでスライドのように

フラッシュバックし始めた


ベッドの中で震えて悶える兄

まわされて狂う僕

血まみれの手首

あの人に嬲られうめく兄の顔




みぞおちをえぐられるような

耐えがたい感覚が甦り

僕の足からスッと力が抜けていった




消えろ

消えろ

来るな…!

僕にあれを

見せるな

…見せないで

お願いだから




思い出したくない

決して忘れられないから

だから

もう

…許してよ




そう

祈りすら

その恐怖の記憶

にまみれていた




そのことを僕はいま

吐き気と震えの中で

悟った




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