失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「あのときも言ったはずだ…支配と

依存の中には愛はない…いや…仮に

あったとしてもそれは加虐と被虐の

檻の中では意味をなさない」

「あなたは僕を…もう支配していな

いよ」

彼はフッと笑った

「気づかないか?…君は私を支えと

している…なぜなら私が君の肉体…

精神…心…すべてに私という麻薬を

打ち込んだからだ…私がいなければ

生きていけないと…思わせられるほ

どにな」

彼は忌々しそうに奥歯を噛んだ

「変わらないのだ…私が君にしてい

るのは…君のためを思ってする行為

も…私の欲望を満たすことも…君か

ら君の力を奪う…支配…支え…一文

字しか違わないのはそれが実質的に

ほとんど同じものを示しているから

だ…違いはやり方だ…力でねじ伏せ

るか…それともそれを捧げるか…私

は両方のやり方で君の中に私という

存在を埋め込んだ…だから私は君の

自然な愛には触れられない…私が縛

りつけたからだ…」

「そんなことない!…そんな…こと

…もう…言わないで!」

「君があの時捨て身で私にくれたも

のすら…私は不意に偽りではないか

という疑いの中に入ってしまう…そ

して悶えるんだ…崩れそうな礎の上

でな」

必死に否定する僕の目を

彼はじっと見ながら言った

「自由という虚空の中で…君自身を

自分の支えにして生きるんだ…孤独

に耐える力もそこから立ち上がる力

も…人の生来の有り様だ…自分の中

に重心が見いだせる…それが本来の

君なんだ…そうでなければ…我々は

再び逢うことさえままならない…私

もまた…」



その言葉は不意に途切れた



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