失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「…どう…したの…?」

彼は顔を挙げて僕を見ると

さっきより可笑しそうに笑った

「君を自由にすることも…また作為

の罠かも知れないな…君に『逃げる

な』などと…私が言えるわけも無い

のに…」

「そんなこと…ない…あなたに言わ

れなきゃ…気づかないよ…僕は!」

「ああ…そんな解釈も有り…か」



それから彼は僕の身体を抱いたまま

じっと黙っていた



時間が知らないうちに過ぎて

夕方の日差しになっていた

この静かに抱き合っている時間が

僕の心に染み透ってきた

愛撫も嗜虐も言葉もなく

ただこうしていることが

僕の心の空白を満たしていくような

そんな安らぎを感じた

彼はどう思い

何を感じているんだろう

静けさが眠気を誘った

知らないうちに

僕は睡魔に襲われていた

まどろみの中で僕はかすかな

彼の寝息を聞いたような気がしたが

それもつかの間

夕闇に部屋の中がなにもかも

まぎれてしまったようだった





< 377 / 514 >

この作品をシェア

pagetop