To.カノンを奏でる君
「……直、頼みがあるんだ」

「何? アタシに出来る事?」

「直にしか頼めない」


 そう言葉を紡いでから、祥多は無造作にパジャマの袖で顔を拭いた。

 まっすぐに直樹を見つめる。


「俺に万一の事があったら、花音の事よろしく」


 まるで遺言のような言葉に、直樹は思わず席を立つ。


「お前にしか頼めない」


 真剣な眼差しを向けられた直樹は強く唇を噛む。


「そんな事聞けない! ノンノンは……花音には祥多が必要なの! 分かってるでしょ?!」


 いくら親友と言えど、そんな頼みは聞けない。遺言のような言葉をすんなり聞き入れるなど。


「それにアタシ、東京の高校に行くの!」


 勢いで口にしてしまった言葉に直樹自身が驚き、口を押さえた。

 こんな勢いに任せて言うつもりはなかった。


「……知ってる。あんなにカメラ大好きなんだもんな。そういう学科のある高校に進むのは分かってた」


 思わぬ祥多の返答に、直樹は目を丸くする。

 まさかこう返されるとは。


「ずっととは言わない。たまにでいい。気にかけてやってくれ」


 それだけでいいからと項垂れる祥多に、直樹はそれ以上何も言えなかった。


「推薦出すんだろ?」

「……うん」

「頑張れよ」


 祥多はにっこりと笑う。

 ずっと応援して来たからこそ、第一歩を踏み出そうとしている直樹に激励の言葉を贈る。


「祥多…」

「お前の夢は俺の夢だ。立派な写真家になれ」

「祥多ぁ…」


 今度は直樹が泣きそうな顔をしている。いや、そう言っている側からボロ泣きだ。

 親にこの進路を良く思われておらず、花音以外は孤立無援状態である直樹にとって、その言葉は最高の活力。

 祥多は苦笑し、ポンポンと直樹の頭を撫でる。


「直。お前、花音の事好きだよな?」

「めちゃくちゃ好き~」

「そか。じゃ、頼むな」


 それが恋としてなのか友情としてなのかは分からないが、嫌いでないのならいい。

 自身がいなくなった後の事を案じる祥多の気がかりが一つ、消えた。





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