To.カノンを奏でる君
 何故、こんなに動揺しているのか分からなかった。

 直樹君と呼ぶ事で、自分の中で何かが変わりそうな気がした。

 例えば、直樹への見方。ただの男友達とは言えなくなりそうだ。


 確かに、最近直樹の好感度は上昇している。

 角が取れたように丸くなった直樹は絡みやすく、何より美香子の気持ちを分かってくれた。

 そして、背中を押してくれている。友達の中でも、少し特別な存在だ。


 祥多への妙な執着心は、直樹の言葉で解き放たれた。

 これからは自分の為に歩いて行こうと思えたのは、直樹の活がきっかけだった。


 美香子は何故だか切なくなる胸を強く押さえ、顔を上げる。

 大きく深呼吸してからにっこりと笑みを浮かべ、背筋を正して再び歩き始めた。


 さくさくと歩き去る美香子を見送ると、直樹は珈琲を啜った。それから小さな笑みを零す。


「いい顔で笑うようになったわ、葉山さん」


 前は本当にどうしようもないワガママ娘だった彼女が、今では人の事を、自分の恋敵の事を心配するような優しい人間になった。


 幾度となくケンカもしたし、相容れる事は一生ないと思っていた。

 それが今では、二人で顔を合わせてお茶をしたりもする。笑いながら花音や祥多の話をする。

 不思議な気分だった。


(葉山さんはもう大丈夫ね。残るは、ノンノンとタータン)


 二人が自分の幸せを見つけてくれるまで、直樹の気苦労は絶えない。先が思いやられる。

 ふぅ…と溜め息を吐いて直樹は珈琲を飲み干した。





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